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『メメント』探偵物・復讐劇の定型を覆すノーランの傑作リバースムービー※注!ネタバレ含みます。

(c)Photofest / Getty Images

『メメント』探偵物・復讐劇の定型を覆すノーランの傑作リバースムービー※注!ネタバレ含みます。

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復讐劇と「信頼できない語り手」



 レナードは捜索者であると同時に、復讐者でもある。最愛の妻を失い、事件の後遺症でもはや普通の社会生活も送れない。無法者にすべてを奪われた主人公が復讐のためだけに生きる――一見、フィルム・ノワールのよくある復讐劇のように思える。復讐することが唯一のレゾンデートル(存在理由)、というわけだ。


 バーテンの女性ナタリー(キャリー=アン・モス)とレナードが交わす重要な会話がある。復讐してもそのことを忘れるのに、なぜこだわるのかとナタリーに尋ねられ、「妻の復讐だ。おれのためじゃない」「たとえ忘れても やることに意味がある」とレナードは答える。では、もしレナードが復讐を果たしたら、その後はどうなるのか。生きる意味を失ってしまうのではないか?


 小説や映画で物語を語る手法として、「信頼できない語り手」と呼ばれるテクニックがある。客観的に事実を語っているように思わせて、実際には事実と異なる内容を語ることで読者や観客をミスリードする。語り手のタイプとしては、意図的に嘘をついてだまそうとする者もいれば、何らかの事情で本人が事実と異なることを信じ込んでいる場合もある。


 『メメント』の語り手であるレナードは後者のケースに当てはまる。レナードの精神的な問題は、脳を損傷した後の記憶が10分しか残らない前向性健忘だけではなかった。障害を抱える前の記憶、失われず正確に残っていると思われた記憶も、実は自分に都合のいいように改変していたのだ。その事実が終盤でテディから明かされ、レナードと同様に観客も驚愕することになる。テディの言葉を借りるなら、レナードは「自分の真実」を作り、「夢の世界で探偵ごっこをしていた」ということになる。



『メメント』(c)Photofest / Getty Images


 ノーランはこうしたレナードによる記憶の改変を、テディの台詞で説明するだけでなく、2つのごく短い――サブリミナル映像と言ってもいいくらいの――ショットでもさりげなく表現している。1つは1時間30分頃のモノクロのパートで、レナードが電話の相手に向かって元顧客のサミーの顛末を話す場面。映像は施設に収容されたサミーの姿に切り替わるが、彼が座る前を黒い影が通り過ぎた次の瞬間、見上げた顔はレナードに変わっている。ほんの一瞬なので、初見では(特に字幕版で文字に気を取られたりすると)見逃した観客も多いのではなかろうか。


 もう1つは、ラストのシークエンスで、運転中のレナードが目を閉じる場面。脳裏に浮かんだ在りし日の妻とベッドに横たわるレナードの胸には、妻が死んだ後に入れたはずのタトゥーがあり、さらに左胸の部分には「I'VE DONE IT(俺はやり遂げた)」の文字も見える。この左胸については、映画の中盤で(つまり時系列的にはこの車の場面の後で)ナタリーの家に行ったレナードが、鏡の前で「たぶん やつ(ジョン・G)を見つけたら」タトゥーを入れると話していた。以上から、事件前の記憶と事件後の願望が混ざりあい、レナードの古い記憶が書き換えられてきたことがわかる。


 終盤ですべての真実を知り、さらに繰り返し(リバース・シークエンス再生も含めて)見直すほどに、ノーランによる時間コントロールの緻密さと巧妙さへの驚嘆も増すことだろう。探偵物と復讐劇の定型をなぞる物語を思わせて、予想を覆す知的興奮に満ちたスリリングな映像体験を実現した『メメント』。まさに忘れえぬ傑作だ。




文: 高森郁哉(たかもり いくや)

フリーランスのライター、英日翻訳者。主にウェブ媒体で映画評やコラムの寄稿、ニュース記事の翻訳を行う。訳書に『「スター・ウォーズ」を科学する―徹底検証! フォースの正体から銀河間旅行まで』(マーク・ブレイク&ジョン・チェイス著、化学同人刊)ほか。



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