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『アメリカン・ビューティー』「普通」の定義をかき消す不条理ホームドラマ

(c)Photofest / Getty Images

『アメリカン・ビューティー』「普通」の定義をかき消す不条理ホームドラマ

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キャラクターの「変化」が、かえってハレーションを引き起こす



 『アメリカン・ビューティー』のおぞましさは、家族や常識の定義を組み替えてしまったことだが、登場人物それぞれに人間的な「感情」があり、それぞれに「変化」のドラマが描かれていることもまた、特徴的。キャラクターが成長していくさま、あるいは堕落していく過程を描くのは“普通”ではあるのだが、こと本作においては共感の外にいる人間たちの苦悩や変化を描いたところで「距離感」や「嫌悪感」、何とも言えない不気味さが増長されていくだけで、観客的には非常に複雑な心境になることだろう。冒頭こそブラックコメディのようなつくりになっているが、どんどん「笑えない」状況になっていく。


 アンジェラがジェーンに「筋肉をつけたらあなたのパパと寝るわ」と話しているのを聞いたレスターは、ガレージに駆け込み、ダンベルを取り出して筋トレを始める。しかも全裸で。その後、ワークアウトを始め、生き生きとし始めるのだが、動機は非常に不純だ。しかも恐ろしいことに、彼の中に「娘の同級生に欲情する」ことへの倫理観の葛藤は一切ない。道徳心などは、最初から観客しか持ち合わせていないのだ。



『アメリカン・ビューティー』(c)Photofest / Getty Images


 その後も、レスターは妻の付き添いで参加したパーティで奇行を起こし、さらに会社で問題発言を「意識的に」行ってクビになり、その足でバーガーショップのアルバイトの面接を受けに行く。この辺りも、『ファイト・クラブ』(99)のようにハイテンションに描かれていればまだ虚構性が強まるのだが、淡々とつづられており、観客の心には底知れぬ恐怖が満ちてゆくだろう。


 極めつけは、妻が寝ている隣で自慰行為にふけるシーンだ。アンジェラのみだらな姿を妄想して“事”にふけっていたレスターだが、キャロラインに目撃されると逆ギレ。夫婦のコミュニケーション不全が常態化していることを咎め、妻から反論されると「じゃあ来いよ! 僕はOKだぜ」と切り返す。この辺りのあけすけなやり取りは衝撃的で、思考回路から含めてなかなかスッとは理解しづらいだろう。ケヴィン・スペイシーの強烈な怪演もあり、レスターがある種のモンスターのように見えてくるに違いない。


 名女優アネット・ベニングが絶叫を織り交ぜてヒステリックに演じたキャロラインも、仕事の競合相手と不倫を繰り返し、銃を撃ってストレスを解消するなど、かなり危ない変化をたどってゆく。劇中で象徴的に描かれる赤いバラ=アメリカン・ビューティーは彼女が育てたものだが、「アメリカの美」がここまでただれているのだ、ということを示しつつ、「綺麗なバラでも根っこはどうなっているのかわからない」というような意味合いも持つ。ちなみに、ケヴィン・スペイシーとアネット・ベニングに関しては、メンデス監督の当初からの希望が通った形だ。


 ジェーンとリッキーは、恋愛関係になっていくことで他者に自分の想いをぶつけるようになっていく。ジェーンは自慢話ばかりするアンジェラに反論するようになり、父親に折檻されるがままだったリッキーもまた、精神的に追い詰める方法をとる。


 ちなみにリッキー役には、ジェイク・ギレンホールとセス・グリーンも候補に入っていたそうだ。本作でブレイクしたウェス・ベントリーは、『ミッション・インポッシブル:フォールアウト』(18)にも出演するなど、順調にキャリアを重ねている。リッキーの母バーバラを演じ、短い出演シーンながら強い印象を残したアリソン・ジャネイは、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(17)でオスカーに輝いた。父フィッツ役の名優クリス・クーパーも、本作の出演後『アダプテーション』(02)でオスカーを獲得している。


『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』予告


 ジェーン役のゾーラ・バーチは、本作と『ゴーストワールド』(01)で高く評価された。作品の核ともいえるアンジェラを演じ切ったミーナ・スヴァーリは、女優のほかモデル、ファッションデザイナーとしても活躍している。アンジェラ役にはキルスティン・ダンスト、サラ・ミシェル・ゲラー、ブリタニー・マーフィー、ケイティ・ホームズなどが候補入りしたが、いずれも強烈な役柄のために断ったという。


 変化、という観点では、メンデス監督はジェーンのメイクを濃い→薄い、アンジェラのメイクをその逆に演出していった。物語が進むにつれて2人の関係性が逆転していくさまを、視覚的に表しているのだ。


 こうやって見ていくと、鮮烈なテーマとキャラクターを、力のあるキャスト陣が強く支えていたことがわかる。誰一人欠けても成立しなかった――というのは歴史に残るどの映画にも言えることではあるが、その組み合わせの妙をことさら感じずにはいられない。最高級の「土壌」「苗」「肥料」があったからこそ、大輪のバラを咲かすことができたのだろう。『アメリカン・ビューティー』が放つ狂的な香りは、今なお近づく者を惑わせ、愚弄し続けている。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」



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作品情報を見る






『アメリカン・ビューティー』

Blu-ray: 2,381 円+税/DVD: 1,429 円+税

発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

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※ 2019 年 11月の情報です。


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