※2019年7月記事掲載時の情報です。
『ワイルドライフ』あらすじ
1960年代、カナダとの国境近くにあるモンタナ州の田舎町へジェリー一家はやってくる。14歳の息子ジョーは、ゴルフ場で働く父ジェリーと、主婦の母ジャネットが家事をこなす姿を見て、新たな生活が軌道に乗り始めたことを実感する。ところが、ジェリーが職場から解雇されて、家族を養うため命の危険も顧みず、山火事を食い止める仕事に就き、ジャネットとジョーも働くが生活は安定しなかった。やがて、優しかった母は不安と孤独にさいなまれるようになっていく。
Index
個性派俳優ポール・ダノの初監督作にして堅実な名作
父は消え、母は惑い、僕は佇む。
一家の枠が崩れるとき、少年は両親も人間だと知る。
成熟と終末が混在する、寂寥とした家族劇。
ポール・ダノと聞いて、真っ先に思い浮かべる映画は何だろうか。『リトル・ミス・サンシャイン』(06)『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)『ルビー・スパークス』(12)『プリズナーズ』(13)『スイス・アーミー・マン』(16)……彼の出演作はどれ一つとして似通っておらず、共通点があるとすれば、すべてが面白いということだけだ。そのポールが、満を持して監督デビューを果たす。映画ファンは、どんな奇抜な作品が来るかと期待したことだろう。
だが、彼が作り上げたのは、小さな小さな家族の話だった。壊れゆく家族と移ろいゆく心を淡々と見つめた、もの哀しく上品な一本。作品が纏う風格は、傑作ではなく「名作」の冠がふさわしい。
『ワイルドライフ』予告
「映画を撮るときは家族についての作品になると思っていた」というポールが原作に選んだのは、ピューリッツァー賞作家リチャード・フォードが1990年に発表した『WILDLIFE』。84年生まれのポールは、これまでの人生で何度もこの小説を読み返したという。
幼少期の思い出とも密接に結びついた「人生の一冊」の映画化において、彼が声をかけたのは気心の知れたメンバーだ。本作では、『ルビー・スパークス』でポールと共演し、私生活でもパートナーの女優ゾーイ・カザンがポールと共同で脚本・製作を担当。さらに、『プリズナーズ』でポールと共演したジェイク・ギレンホールが出演しており、彼の製作会社ナイン・ストーリーズが関わっているほか、ジェイク自身も製作としてクレジットされている。
『ワイルドライフ』(C)2018 WILDLIFE 2016,LLC.
また、音楽担当のデヴィッド・ラングはポールの出演作『グランドフィナーレ』(15)の劇伴も手掛けており、編集を務めたマシュー・ハンナムは『スイス・アーミー・マン』に続くポールとのタッグ。ゾーイと出演者のキャリー・マリガンは旧知の仲とのことで、スタッフ・キャストの大多数を「身内」で固めた印象だ。とはいえ、それでこのレベルのメンバーがそろってしまうのは、愛され個性派ポール・ダノの華々しいキャリアゆえだろう。
『ワイルドライフ』では、彼が名だたるクリエイターたちとのコラボレーションで培ってきた「映画言語」が息吹を与えられ、画面の中で静かに躍動している。