画面に染み出す「想い」
『リトル・ミス・サンシャイン』では「無言の儀」を押し通すナイーブな若者、『プリズナーズ』では幼女誘拐の容疑者、『スイス・アーミー・マン』では死体と友情を育む遭難者と、ポール・ダノはこれまで一筋縄ではいかない役ばかりを演じてきた。その経験が生んだのか、『ワイルドライフ』では我々がよく知る表情が、まるで違った色合いで描かれる。それは、笑いだ。
劇中で笑いが描かれるとき、その表情を見せる登場人物の心が同系色であることはほぼ全くない。ジェリーの解雇を知ったとき、ジャネットの浮気が発覚したとき、2人の反応は共に「笑い」だ。本当の想いを飲み込み、絞り出すように顔をゆがめて。人は、絶望した時にこそ笑う。その哀しい真実を、本作は我々に教えてくれる。
『ワイルドライフ』(C)2018 WILDLIFE 2016,LLC.
これまでの項目で「対比」について紹介したが、登場人物の表情や言葉と心が乖離しているという「裏腹」さがここでも描かれている。父として、母として、息子として。和を重んじ、それぞれの役割を演じるために生の感情を押し込め、その結果壊れてしまった家族。彼らの「想い」は言葉や顔に出さずとも画面に染み出し、もう戻ってこない幸福への憧憬だけが家の中に転がる。
彼らが、素直な表情を見せるときは来るのだろうか。それは、最後に訪れる。
この相手を選んだということ。
この2人から生まれ、この2人に育てられたということ。
あのときも今も、家族で家族だった。
3人が見せる、ただ一つの表情。
きっとこの先も忘れられない、愛を見た。
文: SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」
『ワイルドライフ』
2019年7月5日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMA、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
配給:キノフィルムズ
(C)2018 WILDLIFE 2016,LLC.
公式HP: http://wildlife-movie.jp/
※2019年7月記事掲載時の情報です。