自らに巣食う狂気を描いた、私小説的プライベート・フィルム
『イレイザーヘッド』の主人公ヘンリー(ジャック・ナンス)は、その奇妙なモジャモジャ頭からも明らかなように、デヴィッド・リンチ自身だ。ヘンリーはガールフレンドのメアリー(シャーロット・スチュアート)から妊娠を告白され、結婚を決意。生まれてきた赤ん坊は牛の胎児のような奇形児で、メアリーは毎夜繰り返される鳴き声に耐えきれず、家を飛び出してしまう。ヘンリーも次第に精神を病むようになり、遂には自ら胎児にハサミを突き立てる…。
これは明らかに、実娘ジェニファーに対する殺人衝動だ。望んでいなかった子供への、歪んだ感情が歪んだ形で爆発している。ジェニファー自身、後年この映画について「予期せぬ妊娠、そして先天異常がこの映画のテーマだと思う」と述べている。彼女は生まれたときに足に大きなこぶがあり、矯正手術が必要だったのだ!
『イレイザーヘッド』(c)Photofest / Getty Images
ひょっとしたらデヴィッド・リンチは、自らに巣食っている狂気を“映画”という表現形式で発露することによって、なんとか正気を保っていたのかもしれない。『イレイザーヘッド』は、あからさまに私小説的なプライベート・フィルムなのである。
恐ろしいのは、現在に至るまで、映画の中の赤ん坊の正体に関してリンチが頑なに口を閉ざしていること。どのように作られたのか(皮を剥がれたウサギとも、子羊の胎児とも噂されている)、どのように撮影したのか、全ては謎のまま。その徹底ぶりは、赤ん坊を撮影したラッシュの際に、映写技師に目隠しをしてもらった、という逸話があるほど。
とはいえ、彼が小さい頃に猫を解剖していたり、秘密基地にしていた地下室に、腐った果物や動物の死体を隠していたことを考えれば、何となく赤ん坊の正体は予想はついてしまうのだが。