『ボクシング・ヘレナ』…父親へのささやかな復讐
ジェニファー・リンチはその後映画監督となり、『ボクシング・ヘレナ』(93)を発表。美しい女性ヘレナに異常な愛情を抱いた男が、両腕と両足を切断して監禁するという、父親に負けず劣らず過激なサイコ・スリラーである。
注目すべきは、ヒロインのヘレナを演じるのが、『ツイン・ピークス』(90〜91)に出演していたシェリリン・フェンである、という事実。グレート・ノーザン・ホテルのオーナーを父親にもつオードリー・ホーン役で、クーパー捜査官(カイル・マクラクラン)の気を引こうとクネクネ踊っていた、あのお色気美女である。実は彼女、当時のデヴィッド・リンチのガールフレンドでもあった。
『ボクシング・ヘレナ』予告
かつて『イレイザーヘッド』で父親にハサミを突き立てられた少女は、およそ15年の時を経て、今度は父親の恋人の四肢を切断するという凶行に及んだのである。これは自分を顧みなかったデヴィッドへの復讐、という考え方は飛躍しすぎだろうか…?否が応にも、そんな邪推が頭をよぎってしまう。我々一般ピープルには理解できない父娘関係が、そこにあるような気がしてならない。
デヴィッド・リンチはその後ペギーと離婚。2009年に女優のエミリー・ストーフルと4度目の結婚を果たし、2012年には66歳にしてパパとなった。彼の創作の秘密に迫った『デヴィッド・リンチ:アートライフ』(16)には、楽しそうに小さな子供と戯れるリンチの姿がある。かつて、娘をハサミで突き刺した男とは思えないほどに、笑顔を絶やさない好々爺の姿が。
“In Heaven
Everything is fine
You got your good thing
And I've got mine
天国なら、すべてがうまくいく
あなたにもわたしにも、
いいことが訪れる”
今のリンチにとっては、現世こそが天国なのかもしれない。
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
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