サム・ライミからの助言がもたらしたもの
脚本をしっかり練り、緻密な絵コンテも作成する。が、決してこれらに固執するわけでもなく、様々なキャストやスタッフの意見に耳を傾けながら、決して苛立つことなく、臨機応変に撮影を重ねていく。こういった現場で生み出されるからか、コーエン兄弟の作品にはいつも心地よく穏やかな風が感じられる。が、『ブラッド・シンプル』の制作時、まだ名もなき若者だった兄弟デュオが第一歩を踏みしめるにあたっては、アーティスティックな一面だけでは乗り切ることのできない秘策が必要だった。
面白い構想はある。これを具現化するには、まず出資者を見つけお金を集めることが何よりも肝心だ。さてどうしたものか。悩みにくれていた彼らに極めて実践的なアドバイスを与えてくれたのは、81年に公開した『死霊のはらわた』で一躍注目を集めたサム・ライミだった。
ニューヨーク大学で映画製作を学んだ兄ジョエル・コーエンが『死霊のはらわた』に編集助手として参加したのは有名な話。そんな縁もあって友人関係にあったサム・ライミは、自分の経験も踏まえて「単に出資者に『お金をください』って頼み込むだけじゃ効果は見込めない。だがここで『いま手元に、こんな感じの映画になるというサンプル映像があるんですが』と攻めると、話は大きく変わってくるぜ」と告げたのだ。これは兄弟にとって目から鱗だった。
相手が映画好きならば、いやそうでなかったとしても、そこにフィルムがあるとすれば、当然「そんなに言うなら、見せてくれ」となるだろう。そうやって訪問先の扉を開かせて、リビングにプロジェクターを設置したならばもう、相手の懐に飛び込んだのと同じだ。
サム・ライミの言葉に納得したコーエン兄弟は本編より先に、すぐさま2分半の「予告編」の制作に取り掛かる。まだこの世に存在しない映画の予告編なので、ある意味、「フェイク予告編」と呼ばれても仕方のないものだが、しかし近年になってお蔵出しされたこの映像を見ると、完成版と比べて遜色のないハイクオリティな代物であることに驚かされる。彼らが全身全霊を傾けたその情熱が、ビリビリと伝わってくるほどである。