製作前に作られた“お試し版”予告編の中身とは
その予告編において、コーエン兄弟は完成版『ブラッド・シンプル』のハイライト場面のプロトタイプを惜しげもなく映像化して出資者たちに提示している。
そのひとつは、真っ暗闇の部屋で息をひそめるヒロインに対して、隣室から壁越しに銃弾が撃ち込まれる場面。一発、二発。銃声と共に壁に次々と穴が空き、そこから漏れだす眩い光がそのまま線となって弾道を指し示す、という按配だ。今思えば、『マトリックス』(99)の名場面もここからヒントを得たのでは、と思えるほどの鮮烈なショットである。脚本のみならず絵コンテをしっかり構築するコーエン兄弟だからこそ、「お試し映像」の段階からこれほどしっかりとブレのないビジョンが提示できたのだろう。
『ブラッド・シンプル』“お試し版”予告編
さらにもうひとつは、道路の真ん中にて、車から這い出た血まみれの男が這いつくばって逃げようとする場面。完成版『ブラッド・シンプル』でこの役を演じるのはダン・ヘダヤという俳優だが、しかし予告編に顔を出すのはなんとブルース・キャンベルなのだから驚かされる。『死霊のはらわた』シリーズなどで世界的に知られるあの人が予告編オンリーで出演を果たしているのだ。
もしかすると、後々、本編にも出演してくれるよう密約があったのかもしれないが、詳しいところはわからない。少なくとも、友人関係にあった彼らの間で(サム・ライミのアドバイスと同じく)何らかの助け合いの輪が機能したことだけは確かだ。
ともかく、彼らのサポートもありコーエン兄弟の才気をふんだんに織り交ぜた予告編は完成した。その秘密兵器を抱えて出資者を募って回った作戦は大成功。これによってなんとか必要な製作費を集めることができ、まだ名もなきコーエン兄弟は自らの才能を世に知らしめるチャンスをつかみとることができたのだ。