兄ジョエル、人生のパートナーとの運命的な出会い
実は当初、ヒロイン役として声をかけられていたのはコーエン兄弟とも親交のあったホリー・ハンターだった。しかし、キャスティングが決まりかけていた矢先、彼女は舞台出演のため、映画への参加が困難に。そこで代わりに紹介されたのが彼女のルームメイト、フランシス・マクドーマンドだった。のちに『ファーゴ』(96)と『スリー・ビルボード』(17)でアカデミー賞主演女優賞を獲得し、映画界を代表する演技派女優となる彼女のキャリア第1章もこの作品からスタートしたのである。
結果的にこれがハマった。映画や企画にハマっただけでなく、何よりも彼らのパートナーシップが見事にハマった。撮影中にその仲を急接近させた兄ジョエルとマクドーマンドは、この映画をきっかけに結婚。以降、夫婦として最も身近なところで互いを支え合いながら、『ファーゴ』や『バーバー』(01)を始め、様々な傑作群を生み出し続けている。『ブラッド・シンプル』から35年が経過するが、彼女はいまだにコーエン兄弟作品のミューズ。作品の中に顔を出さないと味気なく思えるほどだ。
『ブラッド・シンプル』(c)Photofest / Getty Images
もしもサム・ライミからの助言がなかったら? ブルース・キャンベルが予告編の出演を承諾してくれなかったら? ホリー・ハンターが出演していたら(彼女は本作の留守番電話の音声で登場。続く『赤ちゃん泥棒』(87)ではヒロイン役を演じた)? マクドーマンドと出会っていなかったら?
すでに起こってしまった事柄について「もしも」を言い始めたらきりがないが、こうしてみるとコーエン兄弟の成功の陰には、数々の偶然と決断、それに彼らの才能を世に出そうと協力した仲間たちの存在があったことを痛感させられる。今ではすっかり還暦を超えて脂の乗りきった彼らが、まだ活気あふれる20代だった頃の青春の1ページである。
参考)
https://www.vanityfair.com/hollywood/2016/06/blood-simple-investor-trailer
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
(c)Photofest / Getty Images