なぜ橋なのか?
レオス・カラックスにとってポンヌフ橋は2つの世界の境界線であり、生者と死者をつなぎとめる建築物である。石の感覚が強調されるこの橋は、さらにいえば“墓”である。フランスで一番古い橋でありながら、“ポンヌフ=新しい橋”と名付けられた橋。1989年7月14日、フランス革命200周年を祝う壮大な花火があがる。アレックスとミシェルの背景で光の爆発が起こる。この橋の上でアレックスとミシェルは狂乱のダンスを踊る。夜空に向けて発砲する。橋の下でフルスピードの水上スキーに興じる(この水上スキーのシーンは、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーとロミー・シュナイダーによる未完の映画『地獄』の残された映像を想起させる)。
ポンヌフ橋がセット=偽物であることは、舞台俳優でもあるドニ・ラヴァンに想像力を与える。ドニ・ラヴァンは、橋の上を歩いた時のきしむ音を、劇場の舞台のように感じていたという。つまりポンヌフ橋は、アレックスとミシェルの“ステージ”となる。レオス・カラックスとジャン=イヴ・エスコフィエをはじめとするスタッフは、2人の最初の特別な観客となる。同じことは火を吹くシーンにも当てはまる。外で撮影しているように見えるが、このシーンは『汚れた血』に登場する倉庫内で撮影されている。ストリート・シアター経験のあるドニ・ラヴァンは、このシーンの撮影を“ショー”として捉えていたという。3日間かけて撮られたこのシーンで、ドニ・ラヴァンはエキストラの人たちを楽しませたい、驚かせたいと思っていたという。観客がいるから勇気がわくのだと。レオス・カラックスと同じように、ドニ・ラヴァンもまた自分の限界を超えようとしていた。

『ポンヌフの恋人』4Kレストア版 © 1991 STUDIOCANAL - France 2 Cinéma
ポンヌフ橋の番人であり、守護天使でもある年長のハンス(クラウス=ミヒャエル・グリューバー)の存在が際立っている。ハンスとアレックスとミシェルは、ポンヌフ橋を“占拠”する。若い2人と二回りほど歳の離れているハンス役には、マーロン・ブランドやセルジュ・ゲンズブール等が候補にあがっていたが、なかなかキャスティングが決まらず、クラウス=ミヒャエル・グリューバーがセットに現れたのは3度目の撮影開始の時だったという。美しい疑似家族が結成される。この3人がいることですべてのパズルが揃う。夕暮れ時に3人が横並びに、そして縦並びなるショットは、レオス・カラックスが本作のお気に入りに挙げているショットだ。ハンスの鼻歌が耳に残る。真にハンス役を演じられる人物の登場を待っていたかのような、運命的な出会いを感じずにはいられない。
ハンスの妻はミシェルと同じように女性の路上生活者になった人物だ。ハンスは愛する妻のために自分も路上生活者になった。ミシェルはセーヌ川に身を投げた彼の妻によく似ている。ハンスはミシェルをこの橋から追い出そうとする。女性の路上生活者がどれだけ悲惨な人生を送るかミシェルに言って聞かせる。ハンスはポンヌフ橋から身を投げた妻の亡霊を探している。ハンスにとってポンヌフ橋は“牢獄”でもある。閉館後の美術館でハンスとミシェルが抱擁を交わすとき、ハンスはようやく自身の物語から解放される。ミシェルとハンスを美術館の静寂が包む。2人は絵画のように佇む。ミシェルとの抱擁は、亡き妻との抱擁となる。亡霊との抱擁。ここには贖罪の感覚がある。このときハンスは望外の気持ちのさなかにいる。翌朝、ハンスはセーヌ川に身を投げる。