絵の具で汚れた天使
絵の具と拳銃。ミシェルの絵の具箱の中には拳銃が入っている。絵の具で汚れた天使は、拳銃を隠し持ちながら、愛猫のルイジアナと共に街を彷徨っている(“ルイジアナ”は芸術家たちが集った、セーヌ通りにある伝説的なホテルの名前でもある)。アレックスは過去を捨てたミシェルの“物語”を彼女の日記からインストールする。ミシェルの視力は刻々と失われていく。ミシェルの視界は印象派の絵画のように、輪郭と色彩が混ざり合っていく。このまま失明してしまったら、ミシェルはアレックスを頼る以外、手立てがなくなってしまうだろう。アレックスはミシェルをポンヌフ橋につなぎとめようとする。
大金を手に入れた2人は海岸へと旅立つ。ミシェルは水平線の向こう側の景色=未来を求める。アレックスは足元=現在だけを見ている。アレックスにとって大金は邪魔になる。資本の力は2人を引き裂く。橋の上のダンスシーンで、ミシェルの身体が駒のように回転して、するりとアレックスの身体から離れていったように、アレックスはミシェルをコントロールすることができない。そしてミシェルに視力回復の見込みがあることを知ったとき、アレックスはミシェルをポンヌフ橋という“牢獄”に閉じ込めようとする。高らかに愛を謳ったユートピアが、地獄の舞台になっていく。ポンヌフ橋は、喜びの色彩に溢れた“愛の誕生”から、炎で焼きつくされた灰色の“愛の墓場”へ変わっていく。

『ポンヌフの恋人』4Kレストア版 © 1991 STUDIOCANAL - France 2 Cinéma
レオス・カラックスは『ポンヌフの恋人』を制作する前に、『ゴダールのリア王』(87)に出演している。ジャン=リュック・ゴダールによるこの作品は、『汚れた血』と『ポンヌフの恋人』をつなぐ重要なリンクとなっている。無秩序に火を起こすエドガー(レオス・カラックス)のイメージは、そのまま『ポンヌフの恋人』のアレックスに引き継がれているといえる。
メトロの通路をはじめ、パリの街中の至るところにミシェルのポスターが貼られる。行方不明のミシェルに、視力に回復の見込みがあることを知らせるポスターだ。アレックスは、このポスターにとてつもない脅威を覚える。ミシェルの希望の光が、アレックスの不都合となる。ここでも資本の力が2人を引き裂く。アレックスはミシェルのポスターを焼き尽くす。愛する人の“肖像”を燃やし尽くす、その激しさ。このシーンは、レオス・カラックスがパリに出てきた頃、ポスター貼りの仕事をしていたことから着想を得たものと思われる。