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『アトミック・ブロンド』80年代ヒットナンバーが彩る、ベルリンの壁崩壊へのカウントダウン

(c) 2017 COLDEST CITY, LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

『アトミック・ブロンド』80年代ヒットナンバーが彩る、ベルリンの壁崩壊へのカウントダウン

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デヴィッド・ボウイというアイコンがもたらしたもの



 その文化的影響の最たるものとして、決して忘れてはならないのがデヴィッド・ボウイの存在である。本作のオープニング・タイトルバックで流れるのは、映画『キャット・ピープル』(82)のテーマ曲としても知られる” Putting Out Fire”。人間から黒豹への“変身”が描かれるこの映画だが、『アトミック・ブロンド』の中で使用されるのも、まさにシャーリーズ・セロンが“変身”を遂げるシーン。ボロボロに傷ついた身体を氷水で冷やし、まるで闘いへ赴く戦士のように衣服とメイクを身につける場面で、この曲が荘厳に流れ出すのだ(ちなみに『イングロリアス・バスターズ』でも、この曲に乗せてヒロインが真紅の口紅を引く場面がある)。


 言うまでもなく、彼の音楽、あるいはカリスマ的な存在そのものは、80年代のパンクやニューウェーブに大きな影響力をもたらした。それに加えて、ベルリンとボウイには切っても切れない関係性がある。彼は70年代に世間の狂騒から逃れるようにこの地に移り住み、ブライアン・イーノらと共にこれまでのイメージを払拭する3枚のアルバムを制作。これら「Low」「Heroes」「Lodger」はベルリン3部作とも呼ばれ、とりわけレコーディング・スタジオの窓から見える“ベルリンの壁”が楽曲制作に大きなインスピレーションをもたらしたとも言われる。


 こういった逸話から考えても、本作がベルリンを描く上でデヴィッド・ボウイの音楽を必要としたのは当然。このカリスマは2016年に逝去し、世界中がその早すぎる死を惜しんだが、『アトミック・ブロンド』の制作現場ではその追悼の意味を込めて、ずっと“Putting Out Fire”が流され続けていたという。スタッフやキャストの誰もが、映画の中のセロンのように、ボウイの歌声を血液や空気のように体内へ取り込み、大いに気持ちを奮い立たせながらこの映画に打ち込んでいたのである。


 そして、最初のみならず、本編を鮮やかに締めくくるのも、クイーン&ボウイによる81年のコラボ作、”Under Pressure”。爽快でメロディアスな曲調ながらも、その歌詞には現代社会を生きる痛みや苦しみが盛り込まれており、楽曲PVには、毎朝おびただしい数の人たちが荒波に揉まれて出勤する姿や、様々なフッテージに映る群衆の姿がモンタージュして提示される。


Queen - Under Pressure


 『アトミック・ブロンド』でも幾度となく “群衆”が映し出されるが、この楽曲の流れで言えば、当時の政権やイデオロギーがもたらすプレッシャーに立ち向かった人々のダイナミズムが壁を突き崩したと捉えることも可能だ。それにこの楽曲の調べは、時代の影でうごめくスパイたちの痛みや苦しみすら想起させる。かくも重層的な意味をもたらす楽曲だからこそ、作り手たちはラストを飾るのにふさわしいと考えたのだろう。



『アトミック・ブロンド』(c) 2017 COLDEST CITY, LLC.ALL RIGHTS RESERVED.


 結果的に、ボウイの歌声はオープニングとエンディングを彩り、本作に見事な箔をつけてくれた。まるで彼の魂が、時空を超え、壁崩壊の神話をベルリンの街角でじっと見届けてくれていたかのよう(『ベルリン・天使の詩』でおなじみのように、この街は天使がいっぱいなのだ)。本編が終わって暗転してもすぐには席を立たず、その歌声にしばし耳を傾けてみてほしい。きっと冷戦下のスパイ・アクションとは思えない、上質で心地の良い余韻が得られるはずだ。



文: 牛津厚信 USHIZU ATSUNOBU

1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。



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公式サイト : http://atomic-blonde.jp/

配給:KADOKAWA

(c) 2017 COLDEST CITY, LLC.ALL RIGHTS RESERVED.


※2017年10月記事掲載時の情報です。

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