『アトミック・ブロンド』80年代ヒットナンバーが彩る、ベルリンの壁崩壊へのカウントダウン

『アトミック・ブロンド』80年代ヒットナンバーが彩る、ベルリンの壁崩壊へのカウントダウン

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スパイたちが入り乱れるベルリンという名の“ゾーン”



 ベルリンの壁は、いわゆる“スパイ作品”にとって極めて象徴的な存在だ。それが建造されたのは61年。これを皮切りに裏世界での諜報戦をめぐるスパイムービーやTVドラマが一斉に産声をあげ、一大ジャンルとして勃興を遂げることになる。62年にはボンド映画が誕生し、それから黒縁眼鏡に七三分けのサラリーマン諜報員“ハリー・パーマー”シリーズ、さらに「0011 ナポレオン・ソロ」、「スパイ大作戦」など、代表作だけでも枚挙にいとまがない。


 一方、始まりがあれば終わりもある。『アトミック・ブロンド』が描くのは、そのおよそ30年後に起こる“壁の終焉”である。この歴史的出来事はスパイ戦においても一つの時代の終わりを告げるものとなった。




 そして、この壁崩壊へのカウントダウンを物語る上で、本作の作り手たちが何よりも大切に描いたのが、当時の東西ベルリンの街並みや空気感、そして濃厚なカルチャーだ。一癖も二癖もあるスパイたちが駆けずりまわるこの舞台について、デヴィッド・リーチ監督も「歴史の重要な瞬間を彩る、神秘的な雰囲気にしたかった」と語る。


 たとえば劇中では、東ベルリンに侵入したセロンが、アレクサンダー広場を経由して、近場の映画館で敵と対決する場面がある。ここでかかっているのは、アンドレイ・タルコフスキー監督の『ストーカー』(79)。このSF映画では、登場人物たちが“ゾーン”と呼ばれる立ち入り禁止エリアで“願いが叶う部屋”を探し求める。そして、この『アトミック・ブロンド』で描かれるベルリンもまた、各国から遣わされた有象無象のスパイたちが“何かを探して”さまよう場所。ある意味、『ストーカー』は彼らの姿を象徴的に投影した映画と言えるのかもしれない。


80年代のヒットソング“Blue Monday”と“Fight The Power”



 80年代を描くとなると、作品の中で音楽が重要な役割を担うのは必至。音楽業界がまだ爆発的な力を持っていた時代だからこそ、そこに流れるヒットソングも一つ一つの明確な表情を持っている。当時をよく知る人であれば、そのイントロを耳にしただけで濃密な空気を想起し、ノスタルジックな思いが胸いっぱいに広がるのを感じるはずだ。


 まずもって映画の幕が上がると、ニューオーダー“Blue Monday”の刻むビートが一気に観客の鼓動を高めていく。オリジナル楽曲が生まれたのは83年だが、ここで使用されているのは88年の、クインシー・ジョーンズが手がけたリミックス版。この曲は元々、ニューオーダーの前身となるジョイ・ディヴィジョンのヴォーカル、イアン・カーティスが自殺した時のメンバーの心境を綴ったものと言われるが、本作もまた冒頭場面で死を遂げる男(ガスコイン)を追想するかのように、物語を始動させていくこととなる。




 他にも、この映画には80年代のエネルギッシュなヒットナンバーが満載。「脚本を読んだ時、そのページから様々な音楽が聞こえ始めた」と語るリーチ監督だが、彼らはまず、最初のインスピレーションに従ってプレイリストを作り込み、それぞれの楽曲のイメージを参考にしながら各シーンの撮影を行っていったという。


 この時代、東ベルリンでは西洋の音楽やファッションは違法だった。だが、人は禁止すればするほど、余計に憧れを強める生き物である。もはや流れは止められない。本作でも序盤から、若者たちが夜な夜な地下のクラブに集い、スピーカーから西側諸国の音楽が流れるのを全身で受け止める姿が映し出される。


 そこでラジカセから大音響で流れるのが、 パブリック・エネミーの”Fight The Power”。ヒップホップ史における重要作に位置付けられるこの楽曲は、89年公開のスパイク・リー監督作『ドゥ・ザ・ライト・シング』でも鮮烈な印象をもたらした。このリズム、このビート。人々の自由への渇望がマグマのように胎動する様を伝えるのに最適の一曲といえよう。


ジョージ・マイケルの“Father Figure”と白いコート



 また、シャーリーズ・セロンが西ベルリンのアパートメントに足を運ぶや否や、そこに警官たちが次々と踏み込んでくる場面がある。ここで流れるのはジョージ・マイケルの”Father Figure”。そのスローなリズム、伸びやかな歌声とは裏腹に、スクリーンでは決死の格闘と脱出劇が繰り広げられ、その強烈なギャップがかえって鮮烈なインパクトをもたらす。




 ちなみに、ここでセロンは真っ白なコートを着用しており、迫り来る死闘を予期して「こんな格好してくるんじゃなかった」とボヤくのだが、面白いことに80年代に発表されたこの楽曲のPVにも、真っ白なコートを着込なした女性が登場する。もしかするとセロンの衣装はこのイメージに合わせて考案されたものなのかもしれない。




 他にも、リフレックスの”The Politics of Dancing”、デペッシュ・モードの”Behind The Wheel”、ザ・クラッシュの”London Calling”などの英国勢の楽曲が鳴り響き、かと思えば、マリリン・マンソンとタイラー・ベイツによる”Stigmata”、『マグノリア』でもおなじみのエイミーマンが80年代に在籍していたティル・チューズデイのヒット曲”Voices Carry”など、アメリカ勢も決して負けてはいない(この英米の駆け引きは映画の内容ともシンクロ)。いずれの楽曲も当時ベルリンで流れていたとしておかしくないものばかり。今改めて耳にすると甘酸っぱいノスタルジーを感じると同時に、一周巡って逆にカッコよくも思えてしまうのが不思議でならない。


 たとえそこに高く「壁」がそびえ立っていたとしても、カルチャーの流れは止められない。特に音楽は形がない分だけ、空気と同化してスルリと流入する強みがある。その点、本作に80年代のニューウェーブ、パンク、ポップスのヒットソングが溢れかえる様は、あたかも壁に空いた小さな穴から音楽が絶え間なく沁み出しているかのよう。その勢いに乗せて次第に亀裂は四方八方へと広がっていく。そうやって、カルチャーレベルで壁がゆっくりと崩壊していく臨場感を体感できるのも、『アトミック・ブロンド』の醍醐味と言えるのではないだろうか。




デヴィッド・ボウイというアイコンがもたらしたもの


 その文化的影響の最たるものとして、決して忘れてはならないのがデヴィッド・ボウイの存在である。本作のオープニング・タイトルバックで流れるのは、映画『キャット・ピープル』(82)のテーマ曲としても知られる” Putting Out Fire”。人間から黒豹への“変身”が描かれるこの映画だが、『アトミック・ブロンド』の中で使用されるのも、まさにシャーリーズ・セロンが“変身”を遂げるシーン。ボロボロに傷ついた身体を氷水で冷やし、まるで闘いへ赴く戦士のように衣服とメイクを身につける場面で、この曲が荘厳に流れ出すのだ(ちなみに『イングロリアス・バスターズ』でも、この曲に乗せてヒロインが真紅の口紅を引く場面がある)。


 言うまでもなく、彼の音楽、あるいはカリスマ的な存在そのものは、80年代のパンクやニューウェーブに大きな影響力をもたらした。それに加えて、ベルリンとボウイには切っても切れない関係性がある。彼は70年代に世間の狂騒から逃れるようにこの地に移り住み、ブライアン・イーノらと共にこれまでのイメージを払拭する3枚のアルバムを制作。これら「Low」「Heroes」「Lodger」はベルリン3部作とも呼ばれ、とりわけレコーディング・スタジオの窓から見える“ベルリンの壁”が楽曲制作に大きなインスピレーションをもたらしたとも言われる。


 こういった逸話から考えても、本作がベルリンを描く上でデヴィッド・ボウイの音楽を必要としたのは当然。このカリスマは2016年に逝去し、世界中がその早すぎる死を惜しんだが、『アトミック・ブロンド』の制作現場ではその追悼の意味を込めて、ずっと“Putting Out Fire”が流され続けていたという。スタッフやキャストの誰もが、映画の中のセロンのように、ボウイの歌声を血液や空気のように体内へ取り込み、大いに気持ちを奮い立たせながらこの映画に打ち込んでいたのである。


 そして、最初のみならず、本編を鮮やかに締めくくるのも、クイーン&ボウイによる81年のコラボ作、”Under Pressure”。爽快でメロディアスな曲調ながらも、その歌詞には現代社会を生きる痛みや苦しみが盛り込まれており、楽曲PVには、毎朝おびただしい数の人たちが荒波に揉まれて出勤する姿や、様々なフッテージに映る群衆の姿がモンタージュして提示される。




 『アトミック・ブロンド』でも幾度となく “群衆”が映し出されるが、この楽曲の流れで言えば、当時の政権やイデオロギーがもたらすプレッシャーに立ち向かった人々のダイナミズムが壁を突き崩したと捉えることも可能だ。それにこの楽曲の調べは、時代の影でうごめくスパイたちの痛みや苦しみすら想起させる。かくも重層的な意味をもたらす楽曲だからこそ、作り手たちはラストを飾るのにふさわしいと考えたのだろう。




 結果的に、ボウイの歌声はオープニングとエンディングを彩り、本作に見事な箔をつけてくれた。まるで彼の魂が、時空を超え、壁崩壊の神話をベルリンの街角でじっと見届けてくれていたかのよう(『ベルリン・天使の詩』でおなじみのように、この街は天使がいっぱいなのだ)。本編が終わって暗転してもすぐには席を立たず、その歌声にしばし耳を傾けてみてほしい。きっと冷戦下のスパイ・アクションとは思えない、上質で心地の良い余韻が得られるはずだ。


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10月20日(金)より、全国ロードショー!

公式サイト : http://atomic-blonde.jp/

配給:KADOKAWA

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