代役だったマーティン・シーンのキャスティング意図
ブランドもマックィーンも、ステラ・アドラーのもとで演技を学んだという共通点がある。他にも、フランシス・フォード・コッポラの監督作品では、ロバート・デ・ニーロやジーン・ハックマンなど、アドラーの教え子、或いは、アクターズ・スタジオ出身の俳優が起用されているように、メソッド演技はフランシスの演出意図と親和性があることを窺わせる。脚本のイメージに近かったとされるスティーヴ・マックィーンが、もしカーツ大佐を演じていたとしたら、『地獄の黙示録』後半の展開は現状とは別のトーンで演出されていたのではないだろうか。
また、主人公・ウィラード大尉を演じる俳優は、当初ハーヴェイ・カイテルに決まっていた。彼もまた、ステラ・アドラーのもとで演技を学んだ俳優だった。しかしハーヴェイは、「役に合わない」という理由で撮影開始まもなく解雇された。主演俳優の衝撃的な交代劇は「撮影難航」として当時のマスコミが書き立て、『地獄の黙示録』における伝説が紡がれてゆく要因のひとつとなったが、ハーヴェイの代役としてキャスティングされたのはマーティン・シーンだった。彼もまた、アドラーの教え子だという共通点を持っていたのだ。
『地獄の黙示録』(c)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
マーティン・シーンは持病を理由に参加を断るつもりであったと述懐している。マーティンは「4ヶ月と打診されていた撮影期間なら、体調を保てるのではないか」とウィラード大尉役を引き受ける決意をしたのだが、撮影は最終的に61週にも及ぶことになる。結果、クラインクインからほぼ1年が経過した1977年3月5日、マーティンは心臓麻痺で生死を彷徨ようこととなり、撮影は中断。「カーツの王国に向けて川を上ってゆく哨戒艇の引きの画や、マーティンが写り込まないショットを、主役不在のまま撮影した」と、作品が完成しないのではないかという当時の不安をエレノアが述懐している。
カーツの暗殺指令を受けたウィラードは、やがて王国にて彼との対面を果たすこととなる。そして、カーツの内面を知ることで、己の中に“カーツに似た何か”をウィラードは感じ始めるのだ。
『地獄の黙示録』(c)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
つまり、スティーヴ・マックィーンやマーロン・ブランド、ハーヴェイ・カイテルやマーティン・シーンを、カーツ役とウィラード役に起用したことには意図がある。それは、彼らがステラ・アドラーのもとで学んだという(演技的な)精神が導く<継承>という目には見えないものを持っている点にある。フランシスは、俳優たちの持つ演技理論に対する<継承>が、カーツとウィラードが共有する思想という<継承>とシンクロするのではないか?と信じてキャスティングしているのだ。もちろん、本来であればそんなものは映像に映り込むものではない。だが、マーロン・ブランドとマーティン・シーンの奇妙な共鳴は、<継承>という彼らのバックグラウンドが導いているようにも思えるのである。