コッポラファミリーの絆が映画音楽を変えた
フィリピンで撮影された『地獄の黙示録』には、独裁政権下にあったマルコス大統領の協力があった。撮影現場の16キロ先では、ゲリラとの戦闘が実際に行われているという状況。フィリピン軍の協力を得ながらも、（作品の中でも特に印象的な）ヘリコプターが登場するシーンは、現地の戦闘状況に左右されたという。
また、フランシスの家族は生活を共にするため、家族全員が現地フィリピンへ渡っている。その中には、当時４歳だったソフィア・コッポラもいた。また、マーティン・シーンも子どもたち（エミリオ・エステベスやチャーリー・シーン）を撮影現場に連れてきていた。『ゴッドファーザー』で描かれていた“ファミリー”同様、家族の絆は撮影現場においても大切にされていたことを窺わせるエピソードだ。
『地獄の黙示録』(c)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
『地獄の黙示録』の音楽といえば、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」やドアーズの「ジ・エンド」が印象的。だが、この映画にはスコアも存在する。担当したのは、フランシスの父であるカーマイン・コッポラ。彼は『ゴッドファーザーPARTⅡ』（74）でアカデミー作曲賞を受賞し、その後も『アウトサイダー』（83）や『友よ、風に抱かれて』（87）など、フランシスの監督作品で音楽を手掛けている。家族の絆は、ここでも重要な要素のひとつとなっているのだ。同時にこの映画では、カーマインが作曲したシンフォニックなスコアが、シンセサイザー向けのスコアにアレンジされているのも特徴。
ウィラードたちが乗船する哨戒艇が川を行くビジュアルは、ヴェルナー・ヘルツオーク監督の『アギーレ／神の怒り』（72）からの影響を感じさせる。この映画で音楽を担当したポポル・ヴーは、ドイツで当時の電子音楽を発展させたミュージシャンのひとり。『地獄の黙示録』のスコアが電子音楽的なものにアレンジされた由縁は、ポポル・ヴー的なアプローチに影響されたことに加えて、フランシスが冨田勲に音楽を依頼していたことにも起因する。つまり、電子音楽的なスコアを、フランシスは当初から想定していたのだ。
残念ながら契約上の問題から冨田勲の参加は叶わず、次にフランシスはデヴィッド・シャイアにスコアを依頼している。『カンバセーション・・・盗聴・・・』（74）で組んでいるふたりは、当時親族関係にあった。デヴィッド・シャイアは1970年に女優のタリア・シャイアと結婚。『ロッキー』（76）のエイドリアン役でも知られるタリアは、フランシスの妹なのである。ところが、『地獄の黙示録』製作中にふたりは離婚。妹想いの兄・フランシスは、デヴィッドを解雇してしまったのだ。父・カーマインが音楽を担当することになった経緯には、実際の家族のドラマが影響しているのである。
『地獄の黙示録』予告
デヴィッド・シャイアが作曲した“使われなかったサウンドトラック”盤は、2017年になってアメリカでCDが発売されている（現在は廃盤）。このサントラ盤を聴くと、フランシスが冨田勲に音楽を依頼していたことを裏付ける、電子音楽的アプローチのスコアを確認できる。数多の交代劇によって完成した『地獄の黙示録』は、その後も様々な編集バージョンで公開されているが、基本的なストーリーや演出は変わっていない。だが、「もしも、ある交代劇がなかったとしたら？」という「たられば」は、現状とは異なる「もうひとつの地獄の黙示録」を夢想させるのだ。
【出典】
「ノーツ コッポラと私の黙示録」エレノア・コッポラ著（ヘラルド出版）
『ハート・オブ・ダークネス コッポラの黙示録』Blu-ray
劇場パンフレット：『地獄の黙示録』『地獄の黙示録 特別完全版』『ハート・オブ・ダークネス〜コッポラの黙示録〜』
文：松崎健夫
映画評論家 東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『ぷらすと』『japanぐる〜ヴ』などテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』、『ELLE』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。現在、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマ大賞、田辺・弁慶映画祭、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門の審査員を務めている。共著『現代映画用語事典』（キネマ旬報社）ほか。
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『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
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