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『初恋』エンタメこそ映画の華――喜劇も暴力もタランティーノも詰め込んだ三池流・純愛活劇

(C)2020「初恋」製作委員会

『初恋』エンタメこそ映画の華――喜劇も暴力もタランティーノも詰め込んだ三池流・純愛活劇

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入り込みやすさを構築する、4つの要因



 『初恋』で起こる出来事を文章で説明すると複雑化するのだが、映像で観ればスッと入ってくる――。この辺りの面白さも、本作の大きな魅力だ。ここには大きく分けて、4つの要因がある。「映像での説明」「編集」「笑いと恐怖」「キャラクター」だ。ここからは、それらについて紹介していきたい。


まず、映像での説明。これは、言い換えるなら「場の説得力」だ。キャラクターが存在する場所の“物語力”が非常に高いため、セリフでの野暮な説明を省略できるのだ。Netflix『全裸監督』(19)にも関わった美術の清水剛が非常に効いていて、すえた悪臭がしそうなモニカの囚われた部屋、レオが住みかにしている中華料理屋、ヤクザの事務所、裏切り者のヤクザ・加瀬が密談に使う料理店……そして、歌舞伎町という土地が持っている独特のオーラが映像に焼き付けられているため、見るだけで状況やキャラクターのバックボーンが理解できる。


『全裸監督』予告


 次に、編集。『1917 命をかけた伝令』(19)や『パラサイト 半地下の家族』(19)、『ジョーカー』(19)が示したように、昨今ますます編集の重要性は増している。SNS時代のテンポ感というか、いかにシームレスに観客を「ノせる」かが問われる時代に突入してきたといえよう。端的に言えば、飽きさせない工夫がより求められるということだ。


 その中で、『初恋』のシーンごとのテンポ感と別個のストーリーの“つなぎ”は非常に練られており、レオとモニカが電車に乗っているシーンをゆったりと映したかと思えば、その2人を追う大伴や加瀬をスピーディに描き、さらにそれを追う権藤たちのシーンをじわじわと追い詰めるような間隔で挿入している。それぞれのキャラクターが置かれた状況や心情を、シーン全体で観せつつ、それらを並べることで位相の違いを生み出しているのだ。


 そして、笑いと恐怖。これは、一種の飛び道具的な演出といえよう。傷を負ったはずの加瀬が麻薬でハイになり「全然痛くねぇ!」と叫ぶシーンは、バイオレンスとギャグのミックス。モニカがパンツ一丁の父親に追いかけられる妄想に怯えるシーンは、ホラーとギャグの合わせ技。刑務所帰りの権藤(内野)がいぶし銀の魅力を放ったかと思えば、次の瞬間には部下の股間をわしづかみにするなど、要所要所に「笑い」の要素が盛り込まれており、観る者の意表をつく流れが出来上がっている。



『初恋』(C)2020「初恋」製作委員会


 とはいえ、笑いに走りすぎて観る者を置いてけぼりにしないのは、そこにちゃんと「恐怖」があるからだ。人が人を殺す、人が人を狂わす、人が人を売る、麻薬が人を壊す、主人公は死期が間近、といった「冷たい」シリアスな要素が、作品の錨(いかり)としてしっかりと機能しており、糸の切れた凧の状態にさせない。エンタメとカルトの分水嶺の見極めがしっかりとなされている。こうやって見ていくと、三池監督が極めて論理的に作品の下地を作り上げたことがわかる。


 その土壌があったうえで、『初恋』の中核を成すキャラクターの存在が、映画に爆発力をもたらす。これは漫画やアニメでもそうだが、複雑化していく物語を「ついてこさせる」ために必要不可欠なのは、「個性があって、愛される」キャラクターの存在だ。と同時に、観客と物語をつなぐ「寄り添う」キャラクターも必須。この部分が、『初恋』は秀逸。


 個性があって、愛されるキャラクターは、ヤクザのカッコよさを凝縮した権藤や、恋人を殺されて暴走するジュリだろう。この2人の強烈なキャラクターが、物語を強くけん引する。ロングコートを着こなし、日本刀を携えた権藤は様式美の究極といえ、内野の重厚感ある演技と低温ボイスが作品のテンションを引き締めている。一方のジュリは、作品のエンジンを担ったダイナモ。血まみれでバールを振り回し、歌舞伎町を疾走する姿は、観る者の目に焼き付いて離れない。ベッキーのキレまくった演技は、必見の領域だ。



『初恋』(C)2020「初恋」製作委員会


 そして、物語をかき回すトリックスターは、事件の発端である加瀬。このキャラクターは作品自体の舵を握っており、加瀬が動くと物語が急展開する。シリアスな展開でいきなりミスを犯し、ギャグテイストを入れてくるなど、画面全体のテンションの上下を背負う重要人物でもある。染谷の「受け」と「攻め」の変幻自在の演技が、実に効果的だ。余談だが、『初恋』の現場ではアドリブも多かったといい、三池監督自らが役者の前で演じて見せることもしばしばだったとか。加瀬の存在からは、そんな現場の雰囲気までも伝わってくるようだ。


 そして、観客と物語をつなぐのは、ずっと「普通の感覚」を持ち続ける主人公のレオ。なし崩し的に戦闘に参加したり、拳銃を持ったり、状況に順応はしていくのだが、決して豹変はしない。「もうすぐ死ぬ」ことからやけくそになるシーンはあれど、危機的状況にあっても生来の倫理観や優しさから逸脱することなく、あくまで自分のペースを崩さない彼の存在は、観る者に安心感を与えてくれる。個性派のキャストたちの中で、他に流されない見事な落ち着きをもたらせた窪田の貢献度は、抜群に高いといえる。



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