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『ゴースト・ドッグ』ヒップホップにマーシャルアーツ、多様な文化が交差したジャームッシュ映画

『ゴースト・ドッグ』ヒップホップにマーシャルアーツ、多様な文化が交差したジャームッシュ映画

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ヒップホップとマーシャツアーツの接点



 本作が人気となった理由の1つが、ヒップホップとマーシャルアーツの融合である。本作の音楽を担当するなら彼しかいないと、ジャームッシュが熱望したのが、ラップ・グループ、ウータン・クランのリーダーであるRZAだった。そのRZAは、幼い頃からマーシャルアーツ映画好きで知られている。なにせ、ウータン・クランという名前は、映画『少林寺武者房』(83)の英語タイトル『Shaolin and Wu Tang』から付けられているほどだ。


 今となっては、20作品以上もの映画作品に、音楽担当だけでなく、俳優、そして監督としても関わっているRZAであるが、本作が初の映画仕事であり、ひっそりと隠れながら暮らしているアメリカのサムライような役で、カメオで映画初出演も果たしている。



 と、ここで気になるのは、なぜヒップホップとマーシャルアーツは融合されたのか?ということだ。 簡単にいうと、ウータン・クランを代表とするヒップホップ・アーティストたちに、マーシャルアーツ映画は非常に人気があったのである。


 先述したように、現在58歳のフォレスト・ウィテカーは空手家で、現在50歳のRZAは熱心なカンフー映画ファンである。この2人のような4〜60代のアメリカ人にはとても馴染みがある、「カンフー・シアター」や「ドライブ・イン・ムービー」という映画を放映するテレビ番組があったのだが、そこでは、ブルース・リーの映画から、『五毒拳』(78)のようなカンフー映画、『Brotherhood of Death』(76/日本未公開)という誰も知らないようなブラックスプロイテーション映画、そして『ゴジラ対メカゴジラ』(74)などの映画が放映されており、彼らは、そのような映画を見て触発され育って来たのだ。



 彼らの間でマーシャルアーツが浸透したのは、お金が比較的に掛からなかったということもある。道具は己の体が主で、訓練さえ真面目にすれば強くなれるのだ。そして、一番の理由は、ブルース・リーがとにかく格好良かったということだろう。アメリカでは、ブルース・リーも黒人も同じマイノリティであって、体も大きい訳ではないのに敵を倒す姿に、全米の少年たちは魅力されたのだった。ブルース・リーの一番最初の生徒が黒人のジェシー・グローヴァーであることは有名だし、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』(73)のサイドキック(相棒)は、大きなアフロ姿のジム・ケリーである。そんな彼らに、黒人の少年たちが自己投影しても不思議ではない。


 ウータン・クランは、そんな少年たちの集まりであり、彼らが書くラップのリリックには、カンフーやマーシャルアーツの精神が反映されていた。それをジャームッシュに見い出され、『ゴースト・ドッグ』で花開くこととなったのだ。



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