2020.03.09
グッド・センスなポップ・カルチャーの横溢
すでにソフィア・コッポラは、14分の短編映画『リック・ザ・スター』(98)で監督の経験はあったものの、長編映画はこれが初めて。まだ20代の女の子にとって、相当なプレッシャーであったことは想像に難くない。しかし彼女には、誰にも真似できない圧倒的な武器があった。そう、“センス”という名の武器が。
コッポラ一族の長女として生を受けた時から、彼女はクリエイティヴの英才教育を受けてきた。センスのいい仲間と、センスのいいファッションに身を包み、センスのいい映画や写真を観て、センスのいい音楽を聴いてきたソフィアは、浴びるようにグッド・センスなポップ・カルチャーを摂取。卓越した映画理論はまだ確立されていなかったかもしれないが、それを補って余るほどの鋭敏な嗅覚を備えていたのだ。
まず彼女は、ロケ地となるアメリカ郊外の町を探すにあたって、ホンマタカシの写真集を参考にした。そこには異国の地である東京郊外の写真が収められていたが、一見平凡に見える街並みのなかに、美しいディティールを見出した。
撮影では、被写体を柔らかく包み込むソフトフォーカスにこだわった。淡い光のなかで白い肌の少女たちが佇む姿は、同じく美少女たちの写真を撮り続けたデイヴィッド・ハミルトンにも通じる端正さ。撮影監督には、ヴィム・ヴェンダースやヴェルナー・ヘルツォークなど非ハリウッド作品を数多く手がけたエドワード・ラックマンが招聘された。
『ヴァージン・スーサイズ』(c)Photofest / Getty Images
レースのドレス、花柄のキャミソール、ニットのパーカーなど、姉妹たちのファッション・センスにも気を配った。ガーリーでありながら、どこか少女らしからぬエロスを芳香させる抜群のチョイス。もちろん、ぬいぐるみ、お花、アクセサリーなど、五人姉妹の部屋に周到に配置された小道具もイチイチ気が利いている。
音楽の趣味も才気爆発。ギルバート・オサリヴァン、ビージーズ、キャロル・キングといった’70sソフト・ロックを既成曲として選びつつも、フランスのデュオ・グループ「エール」によるドリーミーでエレクトロニックな音楽を、サウンドトラックとして使用した。その浮遊感は、瑞々しくも危うい少女たちの思春期と完全にシンクロしている。
「映画というのは、自分が興味をもっていたいろんな分野を網羅できる」と公言した通り、ソフィア・コッポラは写真、ファッション、音楽のグッド・センスを映画の隅々にまで浸透させたのだ。