Blade Runner: The Final Cut (c) 2007 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
『ブレードランナー』はフィルム・ノワールの夢を見るか?
ブレードランナーに継承されたドイツ表現主義
“フィルム・ノワール”は、1900年代はじめにドイツで展開された芸術運動“ドイツ表現主義”の影響を受けていると言われている。1920年代になって映画の世界でも『カリガリ博士』(20)や『吸血鬼ノスフェラトゥ』(22)などの作品が生まれたが、人工的な景観を実践するためにセット撮影を行い、陰影の強い映像を生み出すことは“ドイツ表現主義”の特徴のひとつでもあった。
その後、戦火を逃れたヨーロッパの映画人たちがハリウッドへ移住。例えば、ドイツで『メトロポリス』(27)を監督したフリッツ・ラングは、ハリウッドに渡って『飾窓の女』(44)や『復讐は俺に任せろ』(53)などの“フィルム・ノワール”を手がけている。ディストピア的な近未来を描いた『メトロポリス』のセットは、『ブレードランナー』に大きな影響を与えている。つまり『ブレードランナー』の映像における陰影や逆光といった照明に対するアプローチは、“ドイツ表現主義”の特徴を継承しながら“フィルム・ノワール”の手法を踏襲しているものなのだ。
『ブレードランナー』Blade Runner: The Final Cut (c) 2007 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
<オリジナル劇場公開版>と呼ばれている1982年に公開された『ブレードランナー』以降、様々なヴァージョンの存在が確認されているが、デッカードの“モノローグ”は『ディレクターズカット/ブレードランナー 最終版』以降のヴァージョンでは削除されたままで、その後一切実践されていない。これは、“モノローグ”がリドリー・スコット監督の意図しない演出だったからで、監督にとってデッカードによる“モノローグ”は最初から「必要ないもの」だったのだ。
では、なぜ<オリジナル劇場公開版>に“モノローグ”があるのかというと、公開前の試写で『ブレードランナー』に対する一般観客の反応が「難解だ」と芳しくなかったことに起因する。ポール・M・サモンが著した「メイキング・オブ・ブレードランナー」によると、試写の段階でも幾つかの“モノローグ”があったのだという。それを推進したのは、ほかならぬリドリー・スコット監督自身だったと記述されている。どちらにせよ、デッカードの“モノローグ”によって、『ブレードランナー』は“フィルム・ノワール”ならぬ、“フューチャー・ノワール”とも言える作品になったことは間違いない。