2020.03.26
『パープル・レイン』のアウトテイク
ヴァニティが参加する予定だった頃の脚本には、嵐の中の小屋で、プリンスとヴァニティのラブシーンがあった。しかしヴァニティが本作から離れたことで、ボツになってしまう。だがプリンスはそれを「ラズベリー・ベレー」という曲に残している。「The rain sounds so cool」から始まる1小節が、それに当たる。
また本作は、「May U Live 2 see the dawn(みんなが夜明けを見れますように)」というプリンスらしい同音異字(U→Youなど)が用いられた言葉で締めくられている。『The Dawn』というタイトルの続編を考えていたとも言われており、後のプリンス作品『プリンス/グラフィティ・ブリッジ』(90)がそれにあたると言うファンもいる。
更に、プリンスは後に「Welcome 2 the Dawn」という、『The Dawn』を示唆するような曲も書いている。真相は分からないが、辛いことがあっても、いずれやってくる夜明けが見れますようにと、みんなの幸せを願うプリンスの気持ちが伺える。
唯一無二の自伝映画
本作は、自伝映画と紹介されていることが多い。確かにそれは間違いではない。しかし、プリンスの人生がオーソドックスに描かれている作品という訳ではない。実際に、本作で描かれた父親との関係性についても、プリンスは「あれは監督が書いた物語。父はお酒を飲んだり、悪態ついたりしない。(近くにいる父を見ながら)凄くカッコいいんだ。69歳(インタビュー時)に見えないだろう? 沢山のガールフレンドだっているんだ」と、話しており、実際とは違うことを強調している。
オーソドックスなミュージシャンの自伝映画は、生まれ故郷で音楽を始めるとこから描かれ、デビューに至るまでの苦労話、そしてデビューしてから人気絶頂になるまでは、ジェットコースターのように一番高い所に登るようなスリルで語られたりする。しかし本作はそれらとは一線を画す。そこがプリンスが天才と言われる所以だ。
本作は、プリンスのミュージシャンとしての歩みを描きつつ、プリンスが抱えていた悩みや苦悩、そしてそれらを経て完成させた「パープル・レイン」という名曲を、クライマックスにてステージ上で聞かせる。こうやって書き出してみると、普通だと思われるかもしれない。でも全然違うのだ。セリフとサウンドトラックが、他の作品とは違って逆になっている。サウンドトラックは通常、物語をサポートするように雰囲気を盛り上げる。しかし、本作ではサウンドトラックが、物語を語る重要な役割を果たすのだ。
プリンス「パープル・レイン」
例えば、ラストで「ダイ・フォー・ユー」をキッドが歌うが、それはキッドの父のセリフからとった言葉であることが分かる。歌が完全に物語の一部となっており、セリフ代わりになっているのだ。キッドはようやく父の気持ちを理解出来たからこそ、その歌詞を歌う。映画の中で歌が物語を語らせられるのは、一部の演者だけが出来ること。その中でも、プリンスはこの上なく饒舌に物語を語った。これ以上のプリンス自伝映画はもう作れないだろう。
プリンスは2016年に惜しくも他界したが、スーパースターであるプリンスの自伝映画の話が全く出てこない理由は、本作があるからだと思っている。プリンスは自ら出演して、キャリアのピーク時に本作を作ってしまった。普通、自伝映画は没後か晩年に作られるものだ。
プリンス以上にプリンスを完璧に演じられる人はいない。幾ら訓練を受けた俳優でも、唯一無二の存在であるプリンスを完璧に演じるのは困難だ。プリンスは、映画によって自分のイメージを自ら作り、守り抜いた天才。つまり、本作は完璧なプリンス自伝映画なのだ。