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『ドクトル・ジバゴ』名曲”ラーラのテーマ”が誘うロマンチシズムの極致を、今見るべき理由

『ドクトル・ジバゴ』名曲”ラーラのテーマ”が誘うロマンチシズムの極致を、今見るべき理由

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デビッド・リーンが物語に込めたものとは



 『アラビアのロレンス』で大成功を収めたデビッド・リーンは、そこで築いたイメージから脱却するために、親密でロマンチックな作品を探し求めていた。そんな彼の前に提示されたのが『ドクトル・ジバゴ』だった。製作はイタリアのカルロ・ポンティ。脚本は『アラビアのロレンス』でリーンの演出に貢献したロバート・ボルトが、前作に続き担当することになる。


 第二次大戦後、ソ連の将軍イエブグラフ・ジバゴは、戦災孤児のターニャに彼女の両親の名前を伝える。物語はそこから幕を開け、将軍の兄ユーリ・ジバゴの回想から進んでいく。


 医学生時代のユーリは、育ての親の娘トーニャと婚約、そのパーティで、仕立屋の娘ラーラが弁護士コマロフスキーを銃で撃つ姿を目撃する。ラーラは、コマロフスキーからの強引な誘惑から逃れようとしたのだった。だが、ユーリがラーラを見たのはそれが初めてではなかった。ラーラの母親が自殺を企てた際、治療に駆けつけたユーリは、ラーラがコマロフスキーにすがる姿を鏡越しに目撃していたのだ。


 それ以来、限りない情熱と純真さを湛えたラーラのブルーの瞳とシルバーブロンドの髪が、ユーリの心に深く刻まれる。その後、ロシア革命下の不安定な状況が彼の運命を弄ぶことに…。




 婚約パーティで起きた事件の後、第一次世界大戦で医師として従軍したユーリ。そこで看護師として働くラーラに再会する。しかしすでに彼女は革命家のパーシャと結婚していた。ユーリにもトーニャという従順な妻がいる。だが、彼のラーラへの思いは募るばかりだ。


 やがて内戦が激化し、ユーリは革命軍に占拠されたモスクワでの不自由な生活から逃れ、家族を伴い田舎で休養することになるが、偶然にも近隣の街で暮らすラーラとまたも再会する。そこで2人は初めて関係を持ち、ユーリは家族とラーラの間を行き来する罪悪感に苛まれることとなる。ラーラに別れを切り出すものの、その直後ユーリはパルチザンに捕らえられてしまう。


 その後2年もの間、パルチザンの行軍に付き合わされたユーリは何とか脱走。故郷に戻ったユーリを出迎えたのはラーラだった。すでに、妻のトーニャは子供を伴いパリに亡命していたのだ。残されたユーリとラーラにようやく2人だけの至福の時間が訪れる。だがそこに、あのコマロフスキーが変わり果てた姿で現れるのだった…。


 第一次大戦下の1917年に起きた2月革命に始まる労働者の蜂起、レーニンが率いた左翼の多数派、ボリシェビキの台頭、ロシア革命後の内戦で活動したパルチザンの神出鬼没ぶり、等々、近代ロシアで起きた激しい変化は、アカデミー賞に輝いたロバート・ボルトの脚本を持ってしても、あまりにも目まぐるしく俄には分かりづらい。




 しかし、この長大な物語が、映画の冒頭とラストに登場するターニャによって未来へと引き継がれる時、一つ思い当たることがある。それは、時代のうねりに呑み込まれながらも、愛をまっとうしようとしたユーリとラーラの関係に特化した、”個人”の尊さを描いた作品だと言うことだ。ソ連共産党が原作を発禁にした理由がより理解できるだろう。


 また、同時にそれは、デビッド・リーンが描き続けた、映画作家としてのテーマに根ざしたものでもある。


 ベニスを訪れたキャリアウーマンが異国で芽生えた恋に苦悩する『旅情』(55)、第二次大戦下のタイとビルマの国境近くにある日本軍の捕虜収容所で、英軍大佐が架橋建設計画を推し進める『戦場にかける橋』(57)、そして、第一次大戦下のアラビア半島に出向いた英国軍少佐が、灼熱砂漠でアラブ反乱軍を指揮する『アラビアのロレンス』と、どの作品にも通じるテーマだ。


 またどの作品も、ベニス、東南アジア、アラブなど、大自然を背景にしている点も共通している。『ドクトル・ジバゴ』の舞台は雄大なロシアだ。



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