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『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』抽象的で観念的な“愛”をめぐる冒険

『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』抽象的で観念的な“愛”をめぐる冒険


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恋愛モノでもない、望みが叶う話でもない



“愛とは完全性に対する欲望と追求である”


 『ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから』(20)は、プラトンの「饗宴」の一節から始まる。かつて人間は、2つの顔と4本の手足を持つ男女の結合体だった。しかし神々は、“完璧”すぎる人間の存在を恐れ、二つに切断してしまう。以来人間は、「自分の片割れ」を必死に探し求め、肉体的にも精神的にもひとつになることで、完全性を獲得しようとするのだった。


 ところがその前フリに対して、主人公エリー・チュー(リーア・ルイス)は「自分の片割れを探す物語ではない」と一刀両断に切り捨て、「みんな、自分の片割れを必死に探しすぎ」と水をさす。タイトルであるはずの「ハーフ・オブ・イット」を否定し、しまいには「言っておくけどこれは恋愛モノじゃない。望みが叶う話でもない」と言わせてしまうのだ。



 舞台は、アメリカの架空の町スクアヘミッシュ。保守的なカソリック色が強い、ごく普通の田舎町だ。エリーは中国系アメリカ人の高校生で、『街の灯』(31)やら『フィラデルフィア物語』(40)やら『カサブランカ』(42)やら、テレビで古い映画ばかり観ている父親と二人暮らし。成績優秀なエリーに、担任の教師は都会のグリネル大学へ行くことを勧めるが、父親のこともあって地元大学への進学を考えている。


 そんなある日、アメフト部の万年補欠ポール(ダニエル・ディーマー)から、学校イチの美女アスター(アレクシス・レミール)へのラブレター代筆を依頼される。エリーは密かにアスターに恋心を抱いていたが、ポールのゴリ押しで渋々OKをだす。頭脳明晰だが内向的な女の子、どこか憎めない筋肉バカ男子、そしてどこか世界との疎外感を感じている美少女。かくして、恋と友情がないまぜになったかのような、不思議な三角関係がかたちづくられていく。


 一見すると、これは現代の「シラノ・ド・ベルジュラック」のようにも思える。19世紀フランスで初演が打たれたこの戯曲もまた、文武に優れながら醜い容姿のために異性から敬遠されていたシラノが、愛を伝える言葉を持たない美青年クリスチャンのために、絶世の美女ロクサーヌに恋文を代筆する物語だった。


 けれども『ハーフ・オブ・イット』は、エリーが冒頭で断言するとおり、「恋愛モノ」でもなければ、「望みが叶う話」でもない。この映画は、もっと抽象的でもっと観念的な、大文字としてのLOVE=愛についての物語である。



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