2020.06.21
圧倒的なスピード感と、原色の色使いのまぶしさに唸る
アルモドバルは、そもそもジャン・コクトー原作のシリアスな愛憎劇『人間の声』の翻案を試みていたが、そのアイデアはどんどん変化して、型破りのラブコメディへと発展してしまった。何よりも型破りなのは、そのスピード感。たとえば、中盤の舞台となるペパのマンションの一室。ここでは主要登場人物が入り乱れ、刑事たちも踏み込んできて、話がどんどん思わぬ方向へと転がっていく。
1930~40年代に製作されたプレストン・スタージェスやエルンスト・ルビッチの、いわゆるスクリューボール・コメディに多大な影響を受けたことをアルモドバルは公言しているが、この場面はそれが如実に表われたシークエンスだ。
それ以前に、見る者はまず映画のオープニングに驚かされるだろう。1950年代のモード雑誌をモチーフにしたカラフルなタイトルバック。そこに流れるロラ・ベルトランのノスタルジックな歌。当時のハリウッド大作とはまったく異なる、レトロでシックな開巻。ざっくりと言えば、とにかくそれは“オシャレ”だった。ヒッチコックの大ファンであるアルモドバルは、かねてから『めまい』(58)、『サイコ』(60)などのソール・バスの手によるスタイリッシュなタイトルバックに注目していた。本作では、オードリー・ヘプバーン主演のミュージカル『パリの恋人』(57)を意識したとしいう。
ロラ・ベルトラン「Soy Infeliz」
レトロという点では、本作がほぼ全編、セットで撮影されている点も見逃せない。ペパのマンションの内部はもちろんだが、とりわけバルコニーは遠くに見える夜景も含めて、人工的であり、また演劇のようでもある。そのビジュアルは現実の世界に比べてリアルではないが、とてつもないアップテンポのストーリーの背景となると、ポップな味わいがにじみ出る。
赤を主体にした映像の色合いも同様で、ヒロインの服、トマト、鮮血などなど、原色のどぎつい感触が、やはりポップに転化して魅力を放つ。