2020.06.30
ギャングのボスに友情以上の感情を抱いてしまった男
いきなり核心をつくようだが、筆者はこの映画を「ギャングのボスに友情以上の感情を抱いてしまった男の、報われない恋の物語」だと考えている。ミもフタもない言い方をしてしまえば、レオに片思いするトムの悲恋話だ。
知恵者だが腕っ節は弱いトムは、映画でやたら殴られる。世界最大の映画データベースIMDbによれば、彼は顔を12回殴られ、腹を20回殴られ、顔を2回蹴られ、階段を2回転げ落ち、財布で殴られ(しかも中年女性に!)、全力疾走中につまずいて転び、首を絞められている。ギャング映画史上、最弱とも思える主人公だ。一方のレオは、老齢にも関わらずマシンガン片手に撃ちまくり、殺し屋を返り討ちにするほどのタフガイ。そんなレオに、トムは密かな恋慕の情を抱いていたのではないか。
『ミラーズ・クロッシング』(c)Photofest / Getty Images
よくよく考えてみると、バーニー(ジョン・タトゥーロ)、ミンク(スティーヴ・ブシェミ)、デイン(J・E・フリーマン)と、この映画には多くの同性愛者が登場する。しかし、トムのレオに対する想いはよりプラトニック。その恋は成就することがないことを知りつつ、トムはレオの片腕として忠誠を誓う。だが、ヴァーナとの結婚を告白するレオに対して、トムの自制心は大きく揺らいでしまう。彼は、ヴァーナが自分と浮気をしていたことを暴露してまで、二人の仲を裂こうとするのだ。
レオ「おれとのあのケンカも仕組んだ芝居だろ?」
トム「さあね。人は計画ずくめじゃない」
映画のラストで二人はこんな会話を交わす。レオは、窮地を救うためにトムが一計を案じて浮気を告白したと考えているが、トムにしてみれば感情が爆発してしまっただけ。決して「計画ずくめ」ではなかったことを暗に匂わす。
2015年のインタビューでキャスパー役を演じたジョン・ポリトは、ヴァーナを演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンが、「ガブリエル・バーンが自分に対して冷たく、遠く離れている感じがする」と不満を漏らしたことを明らかにしている。だが、考えてみれば当たり前の話。レオを愛するトムにとって、ヴァーナはむしろ恋敵の存在なのだから。ガブリエル・バーンはトムというキャラクターをきちんと理解したうえで、マーシャ・ゲイ・ハーデンと距離を取っていたのかもしれない。