2020.06.30
「帽子を追うなんてバカげてる」そのセリフに込められた想いとは?
映画の中盤で、トムが観た夢をヴァーナに語りかけるシーンがある。
トム「前に夢を…。どこかの森を歩いていると、風が突然帽子を吹き飛ばす」
ヴァーナ「それを追うのね?一生懸命追いかけてやっと追いつく。拾い上げると帽子だったものが、何か素晴らしいものに変わっている」
トム「いや、変わらない。追いかけもしなかった。帽子を追うなんてバカげてる」
ヴァーナは「帽子」をてっきり自分のことだと思い、トムのセリフにショックを受けたかのような仕草を見せるが、もちろんこの「帽子」は彼女のことではない。レオのことだ。男同士の友情だったものが、一陣の風によって“恋”に変わるのなら、どんなに素晴らしいことだろう。だが、トムはその思いを伝えることはできない。できる訳がない。だから、何も変わらない。…哀しいまでの諦観が、あの象徴的な夢のシーンに託されている。
『ミラーズ・クロッシング』(c)Photofest / Getty Images
そういえば、トムはこの映画で「やたら帽子を大切にする男」として描かれている。賭けでフェドーラ帽を取られてしまったトムは、それを取り返すためにわざわざヴァーナの部屋を訪ねている。彼にとって“帽子”とは、レオへの友情の証なのだろう(完全に筆者の推測だが、あの帽子はレオからトムに贈られた、大切な記念品なのかもしれない)。
そういえば、ジャン=ポール・ベルモンドとアラン・ドロンが共演したギャング映画の名作『ボルサリーノ』(70)では、映画のタイトルになっている帽子メーカー「ボルサリーノ」のハンチングやソフト帽が、男の友情のモチーフとして象徴的に扱われていた。『ミラーズ・クロッシング』における帽子もまた、同趣のモチーフとして登場していると考えていいのではないか。