2020.06.30
森の中の殺人…ベルトリッチに通じる同性愛映画の系譜
コーエン兄弟が夢想した、“森に佇むギャングたち”という視覚的イメージ。それを実際に映像化するにあたって、撮影監督のバリー・ソネンフェルドは「天気のいい日は避け、曇天の日に撮影すべきだ」と主張したらしい。確かにカラリとした晴天では、トムの鬱屈した想いは表現できないだろう。
天気待ちのせいで撮影を遅らせたくないコーエン兄弟はこの提案に渋ったらしいが、運良く撮影日は曇天模様に。ソネンフェルドはこの森のシーンだけは、コダックの代わりに富士フイルムを使用して、さらに色調を抑えるというこだわりを見せる。森の中の殺人(結局は未遂に終わるが)は、かくして陶酔的なまでに美しいシーンに仕上がった。
森の中の殺人…。この言葉を聞いて筆者が連想するのは、ベルナルド・ベルトルッチの『暗殺の森』(70)だ。ファシスト組織の一員マルチェロ(ジャン=ルイ・トランティニャン)を描いたこの物語で、彼は反ファシズム運動の指導者的立場にあるルカ・クアドリ教授を殺害。その夫人であるアンナ(ドミニク・サンダ)は森へと逃げるが、非情な殺人者たちによって銃弾を浴びせられ、生き絶える。
『暗殺の森』予告
興味深いのは、映画の冒頭で少年時代のマルチェロが同性愛者に犯されそうになり、彼を射殺しているという事実だ。『ミラーズ・クロッシング』と同じく「森の中の殺人」という共通項をもつ『暗殺の森』もまた、ホモセクシュアル的な要素を多分に含んでいる。森という空間には、倒錯した性愛と殺人衝動を誘発する何かが存在しているのだろうか?
そんな森のなかで、『ミラーズ・クロッシング』も終幕を迎える。仲違いしていたレオとトムは、お互いの友情を確かめ合うように肩を並べて歩く。だが、トムはレオからヴァーナと結婚することになったと告白され、これ以上彼のそばにはいられないと察知する。
レオ「頼む。おれの所へ戻ってくれ。おれは時々バカをしでかすが、お前もだ。戻ってくれりゃ、全て元どおりだ。絶対にそうなる。ヴァーナのことは…お前らは若かった。お前を許すよ」
トム「許しなど欲しくはない。お別れだレオ」
がっくりと肩を落とし、トボトボと歩き去るレオ。それを哀しげに見つめるトム。甘美な友情はここで終焉を迎える。カーター・バーウェルによるメランコリックな音楽と共に。
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
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