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『サムライ』フレンチ・フィルム・ノワールの傑作が描く孤高の生き様

『サムライ』フレンチ・フィルム・ノワールの傑作が描く孤高の生き様

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タイトルの由来を示唆する冒頭の一節



 日本のサムライ文化や武士道に影響を受けた海外映画は数多い。例えば、ジム・ジャームッシュ監督作『ゴースト・ドッグ』(99)は、フォレスト・ウィテカー演じる“心優しい殺し屋”が実在の書物「葉隠(はがくれ)」によって武士道を学び、やがて何の因果か、老人だらけのギャングとの無情な戦いに挑むことになる映画だ。もちろん、有名な「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」という一節も登場する。


 NY生まれの黒人ギャングと、武士道。この組み合わせは異色だ。異色過ぎる。でもこれだけ振り切れているからこそ観客は、ジャポニズム解釈の正しさ云々(そんなもの、僕にもわからないのだが)を超え、非常に割り切った状態で本作と戯れることができるのかもしれない。時々巻き起こるクスクス笑いも含めて、それは明らかにジャームッシュにしか生み出すことのできない唯一無二の境地であった。


 そしてこの『ゴースト・ドッグ』が公開された頃、にわかに共通点を指摘された名画があった。それが巨匠ジャン=ピエール・メルヴィルによる1967年の作品『サムライ』。こちらは笑いなど一切なしのシリアスなフィルム・ノワールである。



 注目したいのはその冒頭だ。アラン・ドロン演じる孤高の殺し屋はモノトーンに近い冷たい色調の部屋でベッドに横たわっている。まるで静止画のように何も起こらないまま数秒が過ぎ、その間、窓辺のかごの中の小鳥がチュンチュンと絶え間なく音を発し続ける。吐き出されるタバコの煙。雨の通りを過ぎゆく車の音。そこで不意に浮かび上がった一節が、観る者にタイトルの意味するところを教える。


 「サムライの孤独ほど深いものはない。さらに深い孤独があるとすれば、ジャングルに生きる虎のそれだけだ(『武士道』より)」


 おそらく、西欧の観客が初めて見ると「おお・・・」と意味もなく感銘を受けてしまいそうなオープニング場面である。ただ、この一文、日本人の僕らがよく見ると、「ん?」と感じてしまう箇所もなくはない。そもそも武士道や侍に関することばの中に、ジャングル、そして虎だなんて、何か変・・・と首をひねっておられる方がいれば、その態度こそ「正解」だ。


 というのも、実はこの一節、先の『ゴースト・ドッグ』の「葉隠」などとは違い、全てメルヴィル監督が作り上げた架空のものなのだとか。こんなことを平然とやってのけるとは、さすがナチス占領下のフランスでレジスタンスとして戦い続けた巨匠。肝が据わっている。



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