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市川準監督の名作『トニー滝谷』はいかにしてあの特殊な空気感を表現したのか?

(c)Photofest / Getty Images

市川準監督の名作『トニー滝谷』はいかにしてあの特殊な空気感を表現したのか?


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名匠が挑んだ村上文学の映像化



 村上文学の映像化は極めて難易度が高い。そもそも長編は許諾が下りにくいと言われるし、それに比べると短編はまだいくらか可能性が残されているようだが、何しろあの特殊な文体とリズムと世界観である。作り手として舐めてかかると手痛い結果を生むことは初めから目に見えている。


 本を読むときにはいつも映像が頭に浮かぶという市川準監督も、その難しさについては重々承知だった。ただ、この短編「トニー滝谷」にだけは他と違うものを感じていたという。ストーリーを簡潔に言うと、孤独な男が何かを得て、また孤独になる。何かがぎっしり詰まっているというよりは、徐々に失われ、いつしか”からっぽの衣装室”のようになっていく物語である。


 特徴的なのはやはり、語り手の感情を感じさせない淡々としたリズムと、まるで地上から数センチ浮かんだかのような空気感。昭和、平成を代表する数々の名作CMや『つぐみ』(90)『トキワ荘の青春』(96) 『東京夜曲』(97)などの名作映画で知られる名匠・市川準は、果たしてこれらをどう具現化したのか----。



 15年前、試写室で初めて本作に触れた時、この映画のオープニングに打ち震えたのを今でもはっきりと覚えている。西島秀俊がまったく声を張らないトーンで、「トニー滝谷の本当の名前は、本当にトニー滝谷だった」と発した瞬間、透明な視界は深度を増し、私はこの村上作品が「映像にしか成しえないやり方」で新たな地平へと吸い込まれていくのを感じたものだ。


 坂本龍一が奏でる哀愁を帯びたメロディとともに、まるで本のページをめくるようなゆっくりとしたスピードで映像が横へ横へとスライドしていく。かと思えば、映像の端々で出演者が小説のフレーズをふっと口ずさみ、その句読点のごとき余韻が香りをいっそう引き立てる。


 かくも映像と、音楽と、出演者たちの表情、語りが渾然一体となって展開することで、映画『トニー滝谷』は、我々がたどり着くもうずっと前からこの場所で佇んでいたかのような、どこか寂しげで儚げな存在感を獲得していたのだった。



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