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『許されざる者』アメリカの神話=西部劇の虚飾を剥がしたイーストウッドのメッセージ
映画のテーマを体現する保安官の人物造形
映画評論家のリチャード・シッケルは、リトルビルの人物造形には91年におこったロドニー・キング事件が影を落としていると証言する。ロドニー・キングという黒人男性がスピード違反で逮捕された際、複数の白人警官に過剰な暴行を加えられた。この様子は偶然撮影されており、映像とともに報じられ、92年のロサンゼルス暴動の引き金となった。まさに本作製作当時のアメリカでは、劇中で行われるような暴力が、日常の中にあったわけだ。
しかし、リトルビルは粗暴一辺倒の男ではない。普段は気のいい男で話も面白く、人を引き付ける魅力を持つ。休日には1人でコツコツと自分の家を建てており、自然を愛でる穏やかな人間性も合わせもっている。
リトルビルのこうした二面性はアメリカ人、いや人間全てへの皮肉とも思える。普段は気の良い奴で人懐っこい。しかし、一旦牙をむけば、容赦なく暴力で相手を叩きのめす。それは19世紀のアメリカ中西部のような充分に文明化されていない僻地で治安を守り、生き残るためには必要とされた人間性だったのかもしれない。
『許されざる者』(c)2007 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
しかし、彼の正義は暴力という炎に焼かれ、サディズムへと窯変し、歪んだものに堕していく。リトルビルが建てる家が、どこか歪んでおり、雨漏りまでしてしまうのは象徴的だ。彼が理想とする正義は、彼の家のようにいびつなのだ。
さらに興味深いのは、リトルビルが伝記作家に、西部の勇ましい決闘やロマンチックなエピソードは殆どが捏造であると、自らの体験を話す場面だ。決闘=殺人は、小説のようにドラマチックではなく、滑稽なドタバタ劇でしかないと喝破し、同時に人を殺めることの困難さも語る。
リトルビルは、保安官=正義の執行人というイメージを身を以て覆しながら、西部劇が行ってきた勇ましい伝説の捏造をも告発する。『許されざる者』のテーマを下支えするユニークにして重要なキャラクターなのだ。