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『許されざる者』アメリカの神話=西部劇の虚飾をはぎ取った、イーストウッドからのメッセージ

『許されざる者』アメリカの神話=西部劇の虚飾をはぎ取った、イーストウッドからのメッセージ

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「許されざる者」とは誰なのか?



 一方リトルビルと対決することになる主人公マニー(イーストウッド)はどうかと言えば、彼もまた身勝手な暴力の行使者だ。無防備な牧童を射殺する際、相棒のネッド(モーガン・フリーマン)がどうしても引き金を引けなかったのに対し、生活のため牧童を射殺する彼にためらいは見えない。いくら、幼い子供たちを賞金で養うためとはいえ、その行為は許されるのか?


 マニーはかつて荒くれ者だった自分は妻によって改心した、と主張するが、彼の中に無法者時代の血が伏流していることはあきらかだ。


 暴力に囚われている点ではビルとマニーは保安官と無法者という違いはあれど、本質的には変わらないコインの裏表のような存在なのだ。そんな2人がラストで対決する。


 「地獄で待ってるぜ」。瀕死のビルがそう言うと、マニーは表情も変えず応える、「ああ」。


 彼らは自分が天国へ行けるなどとは微塵も考えていない。暴力で世界と対峙してきた自分たちが「許されざる者」であることを認識しているのだ。しかし「許されない」のは彼らだけなのか?




 本作の登場人物は、誰もが他人を傷つける。娼婦の顔を切りつけた牧童、彼らに懸賞金をかけた娼婦たち、彼らを殺しに来る賞金稼ぎ、娼婦を物のように扱う酒場の主人。全ての人が誰かを傷つけ、罪を負っている。


 そしてスクリーンのこちらにいる我々も、安心はできない。


 賞金首の殺しを終えたマニーは、相棒のキッド(ジェームズ・ウールヴェット)にこうつぶやく。


 「殺しは非道な行為だ。人の過去や未来をすべて奪ってしまう」

 「あいつらは、自業自得だ」

 「俺たちも同じだぞ」


 「俺たち」、それは映画を見る我々をも含んでいる。もしかしたら我々も明日、暴力の連鎖にからめとられ、深淵へと滑り落ちるかもしれない。


 我々はいとも簡単に「許されざる者」となりえるのだ。イーストウッドはそう囁きかけている。西部劇が意図的に描かなかった暴力性を前景化させることで、本作は現代でも切実なテーマを押し付けがましくなく、しかし確実に我々に意識させるのだ。



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