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『ウォッチメン』原作の持つ迷宮的魅力。その再現にこだわりぬいたザック・スナイダー

(c)Photofest / Getty Images

『ウォッチメン』原作の持つ迷宮的魅力。その再現にこだわりぬいたザック・スナイダー

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1コマごとに詳細な指示を書きこんだ驚異の脚本



 コミック版「ウォッチメン」はアラン・ムーアが脚本を執筆し、それを作画担当のデイブ・ギボンズがコミックの形にした。「ウォッチメン」は、1986年9月から28ページの月刊誌(最終章のみ32ページ)として1年に渡り刊行された。この28ページのコミックのために、アラン・ムーアは多い時にはなんと1話で130ページにもなる脚本をギボンズに書き送った。


 脚本なのだからストーリーのアウトラインや台詞が書いてあるのだろう、と思うのが普通だが、ムーアのそれは、なんとコミックの1コマずつに対する指示が、微に入り細を穿ち書き出されていたのだ。

 

 コマのアングルに、建築物、構造物、人物がどのように配置され、新聞や雑誌、看板、にはどんな見出しや文字が書かれているかまで、全ての情報をムーアはコントロールしようとした。


 コミックの冒頭の1コマ目は、「血に汚れたスマイルマークのバッジが排水溝の脇に落ちている」、という一見シンプルなものだが、このコマに対する指示だけで、日本語訳にして1,500字を超えていた。


『ウォッチメン』予告2


 このような詳細な指示には無論大きな意味があった。新聞や雑誌などの見出しで、時代、社会背景をさりげなく解説、さらに、何気なく描かれる通行人や、通りを走る車などにも重要な意味がこめられ、伏線がはられていた。さらに作画面でも意欲的な実験が多く行われ、同一ページの中で同じアングルを多用したり、コマ割りをページ内で左右対称にするなど、アート的な観点からも評価の高いものとなった。これらの要素は、「ウォッチメン」に衒学的、迷宮的な魅力を与え、熱狂的読者を生み出した。


 この完璧にデザインされた傑作コミックを、ザック・スナイダーはほとんど脚色しなかった。いや、できなかったのではないだろうか。ムーアが設計したコミックの全ページ、すべてのコマには明確にして強固な意図が張り巡らされている。これを崩してしまえば「ウォッチメン」のエッセンスが失われてしまう…。スナイダーはそう考えたのではないだろうか。だからこそ、コミックをそのまま映像に置き換えるという手法が選ばれたと筆者には思える。しかし、その手法には副作用もあった。


 コミックは読者がページを行きつ戻りつしながら自由に読むことができ、読み手次第でより深い解釈にたどり着くことができるが、映画は時間軸が一方向で、鑑賞時間が決まっている。そのため、コミックを映画にそのまま置き換えた本作は、冒頭で述べたように、映画的には平板な印象を与えてしまうのかも知れない。


 しかし一方で映画版は、偉大な原作を「映像」という別角度から楽しむための、ユニークな作品になったともいえるだろう。映像化に際し、どの部分を削り、どの部分を忠実に生かしたのか?さらに映画版では、原作と大きく違う展開が一か所あるのだが、観たものはそれをどう解釈するのか…。


 もちろん映画単体でも十分に楽しめるポテンシャルはあるのだが、コミックを脇に置きながら鑑賞することで、「ウォッチメン」が内包する奥深い世界、社会への分析、SF的な興奮を、さらに高いレベルで楽しむことができる。


 『ウォッチメン』は原作コミックを忠実に再現したからこそ、特殊な位置づけとなった映画である。読者がその世界をより深く知りたいと願い、足を踏み入れれば、映画はまた違った容貌を見せる。それもまた、映画の新たな楽しみ方の一つに違いない。


参考文献:「WATCHMEN ウォッチメン」(小学館集英社プロダクション)



文:稲垣哲也

TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)『師弟物語~人生を変えた出会い~【田中将大×野村克也】』(NHK BSプレミアム)。



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作品情報を見る




『ウォッチメン』

Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税

発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント

WATCHMEN and all related characters and elements are trademarks of and (C) DC Comics. Watchmen (C) 2009 Warner Bros. Entertainment Inc., Paramount Pictures Corporation and Legendary Pictures. (C) 2019 Paramount Pictures.

※ 2020年8月の情報です。


(c)Photofest / Getty Images

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