現実社会にヒーローを放り込む思考実験
『ウォッチメン』の原作者アラン・ムーアはこう語っている。
「このプロジェクトの骨子は、ヒーローが住む世界と、そこで彼らがいかに生き、いかなる結果をもたらすか、その結果を描くことにある。世界は形を変えてるし、社会の雰囲気や物事への人々の対応も違ってくるはずだ」
「ウォッチメン」の世界では、1930年代からヒーローが独自に犯罪者を取り締まっていたが、1970年代に彼らの自警活動は、法律で規制されてしまう。引退する者、CIAの秘密工作員となる者、さらにはスーパーパワーで戦争に参戦する者など、ヒーローたちは様々な生き方を選択していく。彼らの活動は歴史に影響を与え、世界は今の我々が住むものと違ったものとなっている。
『ウォッチメン』WATCHMEN and all related characters and elements are trademarks of and (C) DC Comics. Watchmen (C) 2009 Warner Bros. Entertainment Inc., Paramount Pictures Corporation and Legendary Pictures. (C) 2019 Paramount Pictures.
物語の舞台となる1985年は、ニクソンが3期目の大統領となっており、アメリカはヒーローの参戦で、ベトナム戦争に勝利。ベトナムはアメリカの51番目の州になっているのだ。
米ソの緊張は高まり、世界は核戦争一歩手前にある。この状況をめぐってヒーローたちはそれぞれの思惑で行動し、やがてニューヨークで恐ろしい事件が起こる…。
この物語で、読者が否が応でも意識させられるのは、ヒーローによる「自警団活動」に正義はあるのか?社会秩序はどのように保たれるべきなのか?という作者ムーアからの問いかけだ。作中には、こんな言葉も登場する。
「誰がウォッチメンを見張るのか?」。
ヒーローは、犯罪から市民を守るために戦うが、彼らがそのパワーを濫用しないよう誰が見張るのか?という意味だ。ムーアはさらにこうも発言している。
「これらのキャラクターを論じるには、彼らを形作った社会について論じねばならない。彼らを生み出した社会とはどんな社会なのか、ありとあらゆる角度から考察する必要がある。そしてその行為は、つまるところ、我々自身が住んでいる社会を論じることに繋がる」
「ウォッチメン」はスーパーヒーローという存在によって社会、特にアメリカそのものを描くことを意図していた。なぜヒーローを媒介にすることでアメリカを描けるのか?それはスーパーヒーローがアメリカ合衆国憲法を内在化した存在だからだ、と筆者は考える。