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『ようこそ映画音響の世界へ』“映画中毒”を加速させる、目から鱗のドキュメンタリー
2020.08.29
音による“空間演出”の重要性
“音を作る”に続いて、“音で作る”についても紹介しよう。これはどういうことかというと、音による空間演出の役割だ。
本作では、“音響”の大切さを知らしめたのは、映画ではなくラジオドラマだ、という少々意外な理論が展開する。特にオーソン・ウェルズの『宇宙戦争』(38)の効果は絶大で、人々は「音がもたらす想像性」にショックを受けた。ウェルズは、続く映画『市民ケーン』(41)で、ラジオドラマで培った音響のテクニックを映像に応用。彼が提示した「音響による空間演出」のメソッドは、決まった「効果音の音源」を流用することもしばしばだったハリウッド映画界に、衝撃をもたらしたという。
ウェルズによる「空間演出」は、音を反響させることで立体性を持たせ、登場人物の距離やいる空間を見せていくものだったが、その進化系といえるのが、『プライベート・ライアン』(98)だ。
本作では、画面に映る部分だけでなく、いかに「画面に映らない状況を音で伝えるか」がキーだったという。兵士の視点を映したカメラに追随しつつ、視覚的に足りない情報を音で“補う”ことで立体化させ、観客が戦場にいるかのように没入する効果を生み出すのだ。
具体的な方法としては、まずマシンガンの音を数パターン作成して、背後にちりばめたそうだ。これは、映画の中にある種のリズムを生み出すことで、体験度を強める狙いもあるという。
『ようこそ映画音響の世界へ』(c) 2019 Ain't Heard Nothin' Yet Corp.All Rights Reserved.
また、『ROMA/ローマ』(18)では、「パンニング」という手法を採用。これは、カメラの左右の首振り(パン)に合わせて、声が移動するというもの。アルフォンソ・キュアロン監督の「音に動きが欲しい」というこだわりのもと、設計されたそうだ。映像内では、主人公が街を歩いているシーンを例に、緻密な音響設計を字幕付きで解説。いかに『ROMA/ローマ』が技術的な工夫を重ねているかが、一目でわかる仕様になっている。
このように、『ようこそ映画音響の世界へ』は、「映画音響」という1つの側面に絞ったドキュメンタリーではあるのだが、描かれる世界は実に深く、細かいものだ。ここまで書き連ねてきたものは、あくまでほんの一部。
そのほかにも、
・『ブロークバック・マウンテン』(05)にみる、環境音による心情描写
・ハンス・ジマーとクリストファー・ノーランが語る映画音楽論
・民族音楽とクラシックを融合させた『ブラックパンサー』の音楽づくり
等々、必見のコンテンツがひしめいている。
そしてまた、この作品自体が、観る者のこれからの映画鑑賞に影響を及ぼすデバイスとなっている点も、非常に意義深い。劇中に登場する過去の作品はもちろん、我々が新作映画を観賞する際に、「音響」に注目して楽しむという“視座”を与えてくれるのだ。
例えば本作を観終えてから『TENET/テネット』(20)を観たならば、これまでは意識していなかった音響デザインにまで意識が向かうだろうし、ノーラン監督の創造性に、よりディープに浸かることになるのは必至。
ようこそ、映画音響の世界へ――。
一度足を踏み入れてしまったが最後、“映画”により強くとらわれてしまう。実に恐るべきドキュメンタリーである。
文: SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」「シネマカフェ」「BRUTUS」「DVD&動画配信でーた」等に寄稿。Twitter「syocinema」
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『ようこそ映画音響の世界へ』
2020年8月28日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開
配給:アンプラグド
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