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『行き止まりの世界に生まれて』観客と作品の新たな関係性を提示する新世代ドキュメンタリー

『行き止まりの世界に生まれて』観客と作品の新たな関係性を提示する新世代ドキュメンタリー

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アメリカのむき出しの現実を象徴する青年たち



 本作の主役となる「被写体」は、2人の青年、キアーとザックだ。彼らはイリノイ州の郊外の都市、ロックフォードに暮らしているが、そこは現在のアメリカのある側面を生々しく体現している。


 イリノイ州を含む五大湖周辺の地域は、ラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれる。かつてそこは、自動車や鉄鋼などの製造業が集中し、中産階級が多く暮らす、アメリカの繁栄を象徴する土地だった。しかし企業は、ここ30年ほどの間に中国やメキシコなど、人件費の安い海外に工場を移転、今では、貧困層が集中する地域となってしまったのだ。


 中でもロックフォードは、環境が悪く、全米で最も惨めな都市ランキング(何故そんなものを調べたのか…)で3位だという。そこに住む主人公2人の家庭も、例に漏れず裕福とは言えない。彼らは将来の展望が見えず、閉塞感に苛まれ、やり場のない気持ちを抱えている。




 そんな青年たちの唯一の救いが、スケートボードだ。幼いころから仲間たちと腕を磨き、十代後半でプロ級の腕前を持つ。彼らがスケートボードで街中を縦横無尽に走り回る姿は、切なくも美しい。貧困によって将来への希望を奪われながら、スケートボードで自由を希求する彼らこそ、アメリカのむき出しの現実を象徴する存在なのだ。


 カメラは何年もの間彼らを追い続け、少年から青年となり、社会や家族と不器用に関わりながら、自分の道を切り開こうとする姿を映し出す。


 そこで驚かされるのが、撮影者と被写体の距離感だ。彼らが家族とケンカをし、職場で疲労困憊し、スケボーに興じる様を、カメラは驚くような「近さ」で捉えていく。しかし、それは単なる距離の近さではない。撮影に下品さや強引さはなく、同じ高さの目線でナチュラルに彼らに寄り添う。観客は自ずと彼らの生活と人生に引き込まれていく。



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