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『行き止まりの世界に生まれて』観客と作品の新たな関係性を提示する新世代ドキュメンタリー

(c) 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

『行き止まりの世界に生まれて』観客と作品の新たな関係性を提示する新世代ドキュメンタリー

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セラピーとしてのドキュメンタリー



 劇中で監督のビンが、キアーに向かってこう問いかける。


 「お前にとってこのドキュメンタリーとは?」


 「無料セラピーってとこかな」


 監督のビン、被写体のキアー、ザックにはスケートボードの他にもう一つ共通点がある。それは幼少期から、父親に暴力を振るわれていたことだ。彼らは心に深い傷を追い、その経験が人生に大きな影を落としている。心を癒し、トラウマと折り合いをつけなければ、先に進めないのだ。だから、監督のビンは2人の虐待の記憶をインタビューで呼び覚ましながら、自分にもカメラを向けていく。


 監督の自分の母親へのインタビューは、この作品を象徴するシーンだ。自分がいかに継父の暴力に苦しんできたか、母親はなぜそれを見ないふりをしてきたのか?ビンは語り掛ける。それは、インタビューというより、母子が心をむき出しにする、ぎりぎりの対話だ。


 その様を映像に記録することで、過去のつらい記憶を対象化し、自分は心にどんな傷を負い、それが今にどう影響しているのか、監督は己の存在そのものに向き合おうとする。それはまさにセラピーそのものと言えるだろう。



『行き止まりの世界に生まれて』(c) 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.


 また本作では、3人の青年のつらい体験がシャッフルされ、重なり合うように語られていく、それは三者の人生がらせん状に形をなし、未来へと続いていくかのようだ。


 ビン監督はキアーに、こうも言う。「この映画を撮っている理由は-継父から体罰を受けることに納得できなかったから。そしてお前に僕を重ねてたんだ」


 被写体と監督がお互い鏡のようになり、そこに映る姿を映画は重層的な語りですくい取っていく。その映画の構造自体が、互いに語り掛け合いながら、心を癒していく彼らの姿と重なって見える。


 そして、本作が監督と被写体の「治療」でもあったと知った時、本作と観客の間にも新たな関係性が立ち現れる。我々は作品の単なる鑑賞者という立場を脱し、治療の過程に参加した当事者かのような感覚に導かれるのだ。


 映画は見せることを前提に作られ、我々が見ることで、映画は初めて映画となる。彼らの治療も、ビン監督の提示した「現実」を我々が受け取ったことで、一つの区切りを迎えるのだ。


 本作の被写体と監督の距離感が特別鮮烈に感じられるのは、我々も鑑賞者として、今まで経験したことのないような関係を作品と結ぶからに他ならない。



文:稲垣哲也

TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)『師弟物語~人生を変えた出会い~【田中将大×野村克也】』(NHK BSプレミアム)。



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『行き止まりの世界に生まれて』

(c) 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

9月4日(金)より、シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国順次ロードショー

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