2020.09.10
劇中を彷彿とさせる「編集」の戦場化
そしてもうひとつは、制作現場の混乱に起因するものだ。
『ブラックホーク・ダウン』は原作者のマーク・ボウデンが初稿を執筆し、それを『トランスフォーマー/最後の騎士王』(17)『オンリー・ザ・ブレイブ』(17)で知られるケン・ノーランがリライトを重ね、さらには『シンドラーのリスト』(93)『ハンニバル』(01)のスティーブン・ザイリアン(ノンクレジット)が最終稿にまとめるといった経緯でストーリーが組み立てられた。この時点で脚本は登場人物に関する情報を多く含んでいたのだが、いざ戦闘シーンの撮影に入ると、戦場の混乱で登場人物が判別しにくく、先述した情報がムダになるという問題が表面化していったのだ。
そこで映画は「戦闘そのものを同作の主役とする」(*1)というスコット監督の意向に舵を切り、撮影に同行していたノーランが脚本の修正や調整をし、また俳優によるアイディアを採り入れるなどして、撮影と同時に現場で脚本を完成させていったのである。
『ブラックホーク・ダウン』(C) 2001 REVOLUTION STUDIOS DISTRIBUTION COMPANY LLC AND JERRY BRUCKHEIMER,INC.TM, (R) & Copyright (C) 2014 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.
そのため、この創作上のあおりを容赦なく食らうことになったのが「編集」の部門だ。
リドリー・スコット作品の編集は、ベテラン編集マンであるピエトロ・スカリア(『JFK』(91)『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』(18))がその多くを担っている。
その作業プロセスは概ねハリウッドの映画に共通するものだが、本編のおよそ40倍から60倍の量のラッシュフィルムを粗編集し、そこから監督が本格的な編集作業へと加わっていく形式をベースとする。その過程において、粗編集からシーンの取捨選択をし、混乱のないようショットの前後を入れ替えたり、また撮り直したシーンを追加するなどの試行錯誤を経て、2時間前後のファイナルカットを完成させていくのである。
だが編集アシスタントとして『ブラックホーク・ダウン』に関わった日本人エディター、横山智佐子さんの話によると、同作は脚本が仕上がらないうちからラッシュ(撮影済みのフィルムプリント)が間を置かずに編集室へと送り込まれ、作業は大いに混乱を来したという。加えて見せ場となるブラックホークヘリ墜落のシーンでは、カメラが同時に10台も回っており、そのためラッシュはさらに膨大化。エディターたちは時間不足を口々にし、神経をすり減らしながら編集をこなしていたことを、彼女は『プロメテウス』(12)のプロモーション取材のときに述懐してくれた。
このいつ終わるともしれない編集地獄は「モガディシュの戦闘」さながらのカオスな様相を呈し、『ブラックホーク・ダウン』は同プロセスによってキャラクター描写が徹底的に刈り込まれ、より戦闘シーンの主役化が顕在となっていったのである。
しかし、この編集作業がもたらした犠牲は大きく、特にスカリアは、極度の疲労からスコット監督の次回作である『キングダム・オブ・ヘブン』(05)編集への参加を見合わせ、休暇を余儀なくされたという。