NAKED LUNCH Copyright(c) 1991 Recorded Picture Company (Productions) Limited Naked Lunch Productions Limited
『裸のランチ』クローネンバーグ流“変態”的世界の極みは、こうして生まれた!
映画の方向性を変えた、歴史的な事件とは!?
バロウズの“祝福”を受け、あとは撮影に取り掛かるのみ。バロウズにとってのインターゾーン=モロッコでのロケから撮影は始まるはずだったが、数日前になって、このプランは中止に追いやられる。湾岸戦争の開戦により、渡航が不可能になったためだ。モロッコで撮影するはずだった3週間を使い、クローネンバーグはトロントでセット撮影を敢行するために脚本を書き換える。
ピンチではあるが、これをチャンスに変えてしまうのが鬼才の鬼才たるゆえん。クローネンバーグは当初、モロッコに1953年の世界のリアリティを求めていた。しかし、そのリアリティをカメラに収めることが不可能となった今、方針を転換せざるをえない。そこで、彼はリアリティではなく、リアリティのある幻想を映像の主体とすることにした。
これはある意味、理にかなっていた。「リーをとりまく環境のすべては、結局は彼の頭の中にあるものだから」と、美術監督のキャロル・スパイアは説明する。必然的に、美術スタッフの負担は大きくなるが、それでも彼らはモロッコのエキゾチックな雰囲気を再現しながら、人工的で温かみに欠ける建造物をはじめ、ダークな都市を作り出していった。
『裸のランチ』NAKED LUNCH Copyright(c) 1991 Recorded Picture Company (Productions) Limited Naked Lunch Productions Limited
建造物以上に目を引くのが、グロテスクとしか言いようがないクリーチャーたちだ。リーをインターゾーンに引き入れるマグワンプは二足歩行で、知性があり、一方ではSF映画でよく描かれるエイリアンのようにも見える。「マグワンプはお金や権力、セックスなど、人間が出会う、あらゆる誘惑や中毒を象徴している」とクローネンバーグは説明する。リーがバーで、このキャラクターと出会い、驚きもせず当たり前のように会話をする場面だけでも、クローネンバーグらしい異様さが感じとれるだろう。
リーがインターゾーンで愛用するタイプライター、クラークノヴァのビジュアルも強烈だ。太ったゴキブリの顔の部分にキーが並んでおり、時おり羽根を開くと人間の肛門のような穴が見える。愛欲シーンで出現する、セックス・ブロブと呼ばれるクリーチャーも一見、巨大な昆虫のようだが、女性器や尻がモチーフになっている箇所もある。バロウズの小説では虫がしばし重要なキャラクターで、同時にセックスも欠かせない要素となるが、クローネンバーグはそれを取り入れ、なおかつ自分の“変態”的なフィールドに取り入れて視覚化してみせたのだ。