2020.10.21
学園内で巻き起こるダシール・ハメット的な世界
とはいえ、この映画は決して一筋縄ではいかない。一言で表現するならサスペンス。ただし、ひだをめくるとそこには特殊な専門性と趣向が満ちており、ライアン・ジョンソン以外の新人監督に易々と取り扱えるような代物では到底ない。
まず、映画が幕をあけると飛び込んでくるのは、不気味なほどに青みがかった映像世界だ。真っ暗なトンネルの前には女性の遺体が横たわっている。主人公ブレンダンにとって、それがかつての恋人エミリーだと気づくまでに時間はかからなかった。
彼女に何が起こったのか。自分はなぜ彼女を救えなかったのか。次々と湧き上がる疑問と後悔が彼の胸を押しつぶす。そして、いつしかブレンダンは、ハードボイルドな私立探偵のようにボロボロになって事件の解明に向けて駆けずり回るのだが・・・。
『BRICK ブリック』(c)Photofest / Getty Images
ここまで読んで、本作をてっきり「暗黒街にはびこる悪党と、それに立ち向かう探偵のおはなし」と思い込んでしまう人も多いはず。だがその実態は異なる。なぜなら、本作に登場するのはプロのギャングなどではなく、意外にもハイティーンの高校生ばかり。そして物語そのものも危険な夜の街ではなく、学園内とその周辺エリアのみで展開するのである。
すなわち、本作は「学園」という特殊な限定空間の中に、殺し、ハードボイルド、探偵、ファムファタール、ギャング、ドラッグというフィルムノワールでおなじみの記号をふんだんに散りばめ、それを見事なまでの齟齬なく成立させてしまった異色作なのだ。
通常、こういったケースだと、その世界観をやや過剰に強調することでパロディやコメディへと偏ることが多いようだが、『BRICK』の場合、100パーセント本気だ。ライアン・ジョンソン監督は自分が生まれ育った町と母校をフル活用して学園ノワールを撮り上げ、各々の要素が見たこともない化学反応を遂げていくさまを、観客の眼前に容赦なく突きつける。これぞ、初披露の際にサンダンスの観客たちを熱狂させた最たる所以(ゆえん)といえよう。