2020.10.21
ディテールに本格感を散りばめた世界観
ただし、そうは言っても、企画書や脚本だけではその世界観の魅力がなかなか伝わらない。出資者に企画の意図を理解してもらうまでには相当長い道のりを要したそうだし、その間、ジョンソンはまず本作をダシール・ハメット風の中編小説として書き上げ、それを今度は映画の脚本へと落とし込んでいくなど、手の込んだ作業を通じて世界観を磨き上げていったという。
その甲斐あって作品内にはこだわり抜いたディテールが縦横無尽に散りばめられた。このジャンル特有のスラングや、ハメット流の言い回し、警察用語なども多用された。
さらに、本家のフィルムノワールでよく見かけるショービジネスの世界がそっくりそのまま学校の演劇部へと置き換えられていたり、スター的な役割を学園内で誰もが一目置くフットボールの花形選手が担っていたりと、遊び心はとどまるところを知らない。
『BRICK ブリック』(c)Photofest / Getty Images
はたまた、副教頭先生が刑事さながらに情報収集や事態把握に向けて動いたり、生徒に対する取り調べで交換条件を持ちかけてきたりもする。その他、ずっと図書館で調べ物をしている”ブレイン”という青年が、主人公の頭脳代わりとなって様々な情報を提供してくれるのも楽しい。
そして何と言ってもやっぱり最高なのが、ジョゼフ・ゴードン=レヴィット演じる主人公のハードボイルドぶりだろう。一見するとヒョロっとした軟弱体型の彼なのだが、これがいざ喧嘩になるとめっぽう強い。アメフト選手が相手でも微塵も臆することなく果敢に突っ込んでいって、ボコボコにされるかと思えば最後は見事に相手をノックアウト。今にもぶっ倒れそうなこの男がボロボロになりながら走り続ける姿が、本当に魅力的でたまらないのだ。
かくも『BRICK』は、このジャンルを愛する人にとっての“旨み”をきちんと押さえた逸品であり、ジャンル未体験の人にとっても新たな世界の扉となりうる一作だ。
これぞ伝統や歴史を綿密に研究し、そこに独自のフレッシュな感性やこだわりを乗せて提示する、ライアン・ジョンソン流の監督術。『LOOPER』(12)や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』、それから最新作の『ナイヴズ・アウト/名探偵と刀の館の秘密』(19)に至るまで、伝統と革新に満ちた彼の仕事ぶりが高評価を連発し続けるのも、大いに納得である。
参考記事URL
https://editorial.rottentomatoes.com/article/interview-with-brick-director-rian-johnson/
https://chud.com/6302/exclusive-interview-rian-johnson-brick/
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
(c)Photofest / Getty Images