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ドラマ『ハンニバル』残酷描写の限界値を更新した、マッツ・ミケルセンの代表作

(c)Photofest / Getty Images

ドラマ『ハンニバル』残酷描写の限界値を更新した、マッツ・ミケルセンの代表作

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レシピ本が発売されるほど話題を集めた調理&食事シーン



 かなり独特の立ち位置であるドラマ『ハンニバル』だが、ビジュアル面での“攻め”の姿勢もすさまじい。特筆すべきは、恐ろしいまでの残酷な殺人描写だ。本作には「殺人」を芸術として考え、ただ殺すだけでなく飾り立てる快楽殺人者が多数登場する。


 思えば、映画『羊たちの沈黙』が公開された90~00年代は、『セブン』(95)や『ボーン・コレクター』(99)、『アメリカン・サイコ』(00)など、猟奇殺人を題材にとった力作が多く制作・公開された。本作はその流れを受け継ぎつつ、これまで以上に苛烈に、残酷描写を極め抜いている。



 ここ10年ほどで、日本でもアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』(12~20)やドラマ『ON 異常犯罪捜査官・藤堂比奈子』(16)など、地上波のテレビ放送作品でも猟奇殺人を描く作品が増えてきたが、2013年~2015年に放送された『ハンニバル』もまた、時代の空気に合わせて表現をエスカレートさせているように感じる(トップクラスにエグいが……)。


 具体的にどんな死体が登場するかというと、背中を剥いで天使の翼に見立てたもの、身体を弦楽器に見立てたものや、皮膚をつないだもの、人体を栽培したもの等々、グロテスクな表現のオンパレード。加えて、ハンニバルによって調理され、食べられる(或いは、ハンニバルが客人に食べさせる)要素もあり、かなり悪魔的な表現が連発。しかも、プロファイラーのウィルがそれらの殺害&処理過程を追体験するわけで、ほぼ全エピソード血みどろな作品なのだ。


 もちろん、ただ醜悪なだけではなく、エグみの中にきっちりと「美」を入れてくるのが『ハンニバル』流。道徳的にも倫理的にも許されない悪の所業ではあれど、ひとつの表現として、「死体を使った芸術」を追求している。また、映像的にも「振り子」の描写が挿入されると時間が逆行し、殺人が起こる直前の現場にウィルが登場して追体験で犯行に及ぶ、というような独自の演出(血痕が取り去られる表現が鮮烈だ)や、現実と妄想の境が曖昧になったウィルの前に象徴的に現れるシカなど、映像的な実験精神が随所にみられる。


 2010年にファーストシーズンが放送されたドラマ『SHERLOCK シャーロック』は、トリッキーな映像技法でその後のミステリードラマを刷新したが、後続の『ハンニバル』も、より苛烈な表現で「描写の限界」の基準値を押し広げた作品といえるだろう。



 さらに、注目すべきはこだわりの料理&食事シーンだ。『ハンニバル』ではハンニバルが料理に精を出すシーンに時間が割かれており、各エピソードのタイトルも、料理名になっている。第2シーズンでは「懐石」や「炊き合わせ」「香の物」など、全て日本食にインスパイアされたもので統一するという遊び心も。


 ハンニバルのキッチンも作り手の意匠が感じられるつくりになっており、冷蔵庫の中には臓器ごとに丁寧に仕分けされた人肉が並んでいる。ハンニバルはそれらを使って見事な料理を作り上げ、至福の表情で舌鼓を打つ。そして時には、家に招いたゲストに手料理を振舞うのだ。何も知らない善良な人々が人肉を口に運ぶ姿を眺めつつ、冷笑を浮かべる姿は、実に残虐だ。


 ぱっと見は洗練された映像で綴られる食事シーンだが、そこで使われている「肉」が何か、ということを考え始めると、途端に美醜のバランスが反転していく。本作を象徴する、美しくもゾッとするシーンといえるだろう。ミケルセンは、フードコーディネーターに師事し、調理シーンはすべて自分で演じ切ったそうだ。


 余談だが、本作での人肉料理の数々が話題となり、レシピ本「Feeding Hannibal : A Connoisseur's Cookbook」まで発売される事態に。『ハンニバル』の料理&食事シーンは、本作の“華”でもあるのだ。



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