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ドラマ『ハンニバル』残酷描写の限界を更新!マッツ・ミケルセン代表作

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ドラマ『ハンニバル』残酷描写の限界を更新!マッツ・ミケルセン代表作

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ハンニバルの人間性を象徴する、疑似恋愛要素



 全編にわたって強烈な描写が満載の怪作だが、『ハンニバル』が多数のファンを獲得したのには、別の理由がある。それは、ウィルとハンニバルの恋愛感情に似た複雑な関係性だ。


 能力の代償として精神不安定な部分があるウィルのブレーキ役であり、世話係でもあるハンニバルは、彼を支配したいという気持ちと、好敵手になり得る人物の台頭に胸躍る感情の狭間で揺れていく。ウィルに正体を見破られることは身の破滅を意味するが、理解者は得たいという渇望、FBI随一の切れ者を負かしたいというプライド……。涼しい顔をしているように見えて、ハンニバルの心中を察するに、なかなか複雑だ。


 人食の殺人鬼であり、快楽殺人者としての位置づけではあるのだが、先ほども述べたとおり、本作のハンニバルはまだ人間的に「隙」や「揺れ」があり、その部分が人間臭さにつながっている。彼が模倣殺人を行い、証拠隠滅を図る背景には、「捕まりたくない・正体を知られたくない」という心情があるが、時としてその想いがぐらつく瞬間もある。彼の内には、食事だけでは満たされない孤独が渦巻いているのだ。



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 それゆえに、ハンニバルは同じような性癖を持つシリアルキラーたちに興味を持ちながら、同時に嫌悪してもいる。一方で、自らの首を絞めかねないFBIの面々に、不思議なシンパシーを抱きもする。ハンニバル自身、自らの「人食」という個性に対して100%肯定的とは言えないのではないか?というような描写もあり、純粋悪というにはどうにも収まりの悪い独自のポジションを確立している。この不完全さが、本作におけるハンニバルの人間的魅力といえる。


 好ましく思いながら、脅威も感じ、憎みもする――。相反する欲望に振り回され、ウィルを翻弄し、追い詰めていくハンニバル。「そばに置きたい劇物」とでもいうべき存在のウィルに対し、あの手この手でアプローチしていくハンニバルの感情は、恋慕と言って然るべきだろう。この恋愛要素が、「ファンニバル」と呼ばれる熱狂的なファンを生み出し、彼らによる多数の二次創作が作られる原動力となった。


 この部分から考えていくと、ウィルの「犯人の感情をトレースできる」能力は、される側からすると精神的な逢瀬のような側面もあることが見えてくる。インモラルな感覚ではあれど、たった一人で罪の道を歩く者にとっては、救済になりえるのだ。どんなに陰惨な人物であっても、孤独には克てないのだ、という真理が、そこには確かに流れている。


 そしてこの、追う者と追われる者の不思議な信頼関係は、ハンニバルとクラリスが形作ってきたシリーズの裏テーマともいえ、『ハンニバル』が原作や映画版の神髄を、新たな形で受け継いでいる証拠にもなっている。だからこそ、独自の道を突き進みながらも、本作はやはり純然たる『ハンニバル』なのだろう。


 なればこそ、やはりこのシリーズが『羊たちの沈黙』や、その先に到達するさまを観たいのは自明。この先、彼らの物語の続きが描かれることを期待しつつ、本稿を締めくくりたい。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」 「シネマカフェ」 「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。Twitter「syocinema



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