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『ザ・セル』は解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しいか?

(c)Photofest / Getty Images

『ザ・セル』は解剖台の上でミシンとこうもり傘が偶然出会ったように美しいか?

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『ザ・セル』に引用されるアート作品 その3



フローリア・シジスモンディとジョエル=ピーター・ウィトキン


 少年を追いかけて、セピア色にくすんで古びた屋敷に入ったキャサリンは、知らぬ間に屈強な女性守護者の頸木を外してしまう。それをきっかけに並んだ小部屋の窓が開いていき、スターガーがそれまでに殺した女性たちが機械仕掛けで動く、グロテスクな遊園地のような光景が広がっていく。


 これらは写真家で映画監督でもあるフローリア・シジスモンディがマリリン・マンソンやデヴィッド・ボウイらのミュージック・ビデオで作り出した光景を模倣しているのだろう。そしてシジスモンディのイメージの源泉になっているのが写真家ジョエル=ピーター・ウィトキンの作品である。



 ダゲレオタイプの撮影手法などを取り入れ「発見された100年前の写真」のようなテイストを作品に孕ませている。被写体には死体などを選び、優れた写真家がそうであるように凝視するのはしのびない物や人々を写した作品を残している。『ザ・セル』ではシジスモンディを経由する形で、ウィトキンの猥雑で硬質な印象を作品に焼き付けている。



ウィリアム・ブレイク「巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女」


 囚われたキャサリンはスターガーの「玉座」に連れて来られる。キャサリンに近づくスターガーは髪の毛を束ね、背中のピアスホールに壁のタペストリーを繋げており、それらがはためき翼のように見える。



 この姿は映画『レッド・ドラゴン』(02)でも重要な役割を果たしたウィリアム・ブレイクの「巨大な赤い龍と太陽の衣をまとった女」の引用だ。新約聖書のヨハネの黙示録を題材にしたブレイクの「巨大な赤い龍」シリーズの作品で、龍は悪魔:悪の象徴である。『ザ・セル』では子供の姿をしたスターガーの「良心」の姿の対比として「悪」の姿として登場する。



オッド・ネルドルム「DAWN」


 スターガーの意識に取り込まれてしまったキャサリンを助けるためにピーターもスターガーの意識の中に入っていく。彼が最初に出会うのは、口を開けて上を向き座っている3人の少女だ。これはオッド・ネルドルムの「DAWN」という作品からの引用だ。


 ネルドルムはレンブラントやカラヴァッジオと言ったネオバロック様式の絵画手法でポップアート的「キッチュ」な題材をテーマに取り上げ、見る者に強い違和感を植え付ける作品を残している。『ザ・セル』での引用も、現実の世界から意識の中の世界へ来た違和感を瞬間的に感じさせる効果をもたらしている。



ピエール・エ・ジル


 スターガーの心の傷を癒すために、キャサリンは自分の意識の世界にスターガーを招き入れる。キャサリンの意識の世界では、言葉は美しい金細工の模様となり、風景は煌きの溢れる極彩色で彩られる。



 これは写真家のピエール・コモワと画家のジル・ブランシャールの2人組アート・ユニット「ピエール・エ・ジル」による写真作品の引用だ。彼らの作品はインドや南米の宗教画を思わせる発色の良い水色やピンクが多用された「キャンプ」と呼ばれる華やかで煌びやかなものだ。しかし、過剰で人工的な華やかさはメメント・モリ的に逆説として死も纏わせている。『ザ・セル』でもピエール・エ・ジル的なキャサリンの世界は、スターガーの良心の“天国”となるのである。



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