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『刑事ジョン・ブック 目撃者』映画が描いたアーミッシュ、その異世界への気づき

(c)Photofest / Getty Images

『刑事ジョン・ブック 目撃者』映画が描いたアーミッシュ、その異世界への気づき

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映画公開後に世間を騒がせたアーミッシュの光と闇



 アーミッシュという存在は、『刑事ジョン・ブック 目撃者』を通じてアメリカのみならず世界中で広く知られるようになった。彼らの質素な生活やコミュニティの絆、そして非暴力や赦しの教えも有名になり、理想のライフスタイルとして紹介されることも少なくない。


 そしてアーミッシュの非暴力と赦しの教えは、2006年に起きた銃撃事件によって、さらに多くの人を驚かせ、また感動させることになった。


 『刑事ジョン・ブック』の舞台でもあるペンシルバニア州ランカスター郡で、アーミッシュの子供たちが学ぶ小学校に、近隣の男が立てこもり、生徒の少女が5人死亡、5人が重症を負った。犯人の男は神を憎悪していると語り、警察に包囲されて自ら命を絶った。


 この時、アーミッシュのコミュニティは、犠牲者や被害者を悼んだだけでなく、犯人の家族を責めることなくあくまでも隣人として扱い、寄り添って支えようとした。亡くなった少女の家族は犯人の家族を葬儀に招いたし、犯人の葬儀に参列したアーミッシュもいた。彼らは神の教えに従って、犯人をも“赦した”のである。


 この途方もない寛容さは大々的に報道され、報復の虚しさを示す手本として多くの人に絶賛された。また賛否の議論を巻き起こし社会現象に発展した。いずれにせよ、凶悪な犯罪行為や暴力に際した時に、彼らの信仰心の強さを証明する事件になったのだ。


 だが一方で、最近になって、閉鎖的なコミュニティならではの事件も報道された。


 2020年1月、米コスモポリタン誌がアーミッシュの闇を暴く調査記事を発表した。アーミッシュのコミュニティでは、女性が父親や兄弟から性的虐待を受けるケースが少なくないのに、家庭やコミュニティから恨むより赦すことを奨励され、警察や自治体が介入する余地もなく、被害者の声が封殺されてきたというのだ。


 もちろんすべての家庭で虐待が起きているわけではないが、素朴なライフスタイルを守り続ける清貧な人たちというイメージはあくまでも表層に過ぎなかった。コスモポリタンの記事以前にもアーミッシュの家庭内で起きるレイプや虐待に関する報道はあった。しかしこの記事の衝撃が大きかったのは、被害女性たちを隔離する矯正施設が存在するなど、長い伝統の中で確立された隠蔽のシステムを暴いたことだった。


 念頭に置いておきたいのは、映画は未知の世界を覗く入口に過ぎないということ。二時間の映画には豊かな可能性が詰まっているが、映画からすべてを知ることはできない。また、現実の事件を知ったことで、映画やアーミッシュを全否定する必要はないし、またムリに肯定する必要もない。


 ただ、公開から36年を経た現在の視点から『刑事ジョン・ブック 目撃者』を観直すことで、何かしらの新しい気づきが得られるのではないだろうか。映画とは、そうやって成長していくし、作り手の思惑を超えていくものだと信じている。



文:村山章

1971年生まれ。雑誌、新聞、映画サイトなどに記事を執筆。配信系作品のレビューサイト「ShortCuts」代表。



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