本筋とまったく関係ない「Like a Virgin」の威力
伝説はまずこんなシーンから始まる。LAにあるダイナーの円卓に集い、無駄話に華を咲かせる男たち。メンバーは白シャツに黒のスーツ、ネクタイ、サングラスに身を包み、それぞれを本名ではなくブラウンやオレンジといった色の名前で呼び合う。さぞや緊張感あふれる銀行強盗計画でも始まるのかと思いきや、なんと飛び出すのはマドンナの名曲「Like a Virgin」に関する解釈論だ。タランティーノ演じるミスター・ブラウンによると、「この楽曲そのものが巨根の暗示」なのだという。のちに、タランティーノがこの解釈についてマドンナ本人に確認したところ、「いいえ、これは純粋な愛の歌です」と明確に否定されたとも言われるが、ただしマドンナは本作のことを嫌うどころか、高く評価してもいるようだ。
『Like a Virgin』MV
今なお、このシーンを享受すると心が悲鳴を上げそうなほどぶっ飛んでしまう。それはなぜか。単刀直入に言って、ここで巻き起こる「Like a Virgin」にしろ、「チップは絶対に出さない」論にしろ、これから巻き起こる犯罪劇となんら直接的結びつきが無いのである。
脚本を一つの構造物だとするなら、これらのエピソードは屋台骨でないばかりか、どの梁(はり)をも支えておらず、ただ空中に宙ぶらりんのまま存在しているようなもの。つまり、意味や文脈、論理性などから自由に解き放たれた「持論」がぶっこまれているわけだ。これが極めて大胆かつスリリングだとして観客を沸かせた。こんなもの観たことない、と。
「ストーリーには直接関与しないエピソードの投入は、今やタランティーノのトレードマークとなった。このように筋書きと関係のない会話を盛り込むことでパターン化から逃れ、リアリティの風を呼び込むことができる。現実の人生も非論理的で筋書きなし。だからこそ人は、これらの箇所に、強烈なリアルを感じ取ってしまうのかもしれない。現にタランティーノは、多くの警察関係者やギャングの世界に身を置いたことのある人物からも、「お前の書く映画のセリフはとても面白く、そしてリアルだ」と評価されているのだという。