『現金に体を張れ』キューブリックの才能を世界に知らしめたハリウッド・デビュー作

PAGES

2021.01.16竹島ルイ

カーク・ダグラスにその天分を認められた出世作

　ノンリニアなストーリーだけでなく、ビジュアル面も強烈だった。ジョニーが“道化者”であるはずのピエロのマスクを被り、マシンガン片手に強盗に押し入るという、その奇妙なコントラスト。クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』（08）オープニングで、ピエロのマスクを被った強盗団が銀行を襲うシーンに、大きな影響を及ぼしているのは明白だろう。リボンのついた細長いフラワーボックスに、マシンガンを隠し入れるというアイディアは、完全に『ターミネーター2』（91）だ。ここにも「花」と「マシンガン」という、相反するモノ同士の異化効果が働いている。

　個人的には、ノンリニアなストーリー展開やビジュアルよりも、自己言及的なセリフが印象に残っている。警官を引き付けるため、競馬場で暴れる役回りを依頼されるモーリスが、こんなセリフを吐くのだ。

　「世間の目で見れば、悪党と芸術家は同じ穴のムジナだ。尊敬もされるが、頂点を極めれば下から引きずり降ろされる」

　パッと見は無骨なスキンヘッド男にしか見えないが、妙に含蓄のある言葉をいうではないか。本業はレスラーでチェスの名手でもあるという設定は、映画監督にしてチェスの名手だったキューブリックとも重なる。「所詮映画を撮ることなんて、根無し草な商売さ」という想いがあったのだろうか？まだ作家として名声を確立していなかったにも関わらず、だ。どんだけニヒリストなんだキューブリック。

　残念ながら、『現金に体を張れ』は興行的には惨敗だった。批評家からは高い評価を受けたものの、収益は13万ドルもの赤字。だが、この作品に衝撃を受けたカーク・ダグラスはキューブリックの才能に注目し、『突撃』（57）、『スパルタカス』（60）で主演を務めることになる。全てはここから始まったのだ。

文：竹島ルイ　

ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。

今すぐ観る

作品情報を見る