原作者はなぜ映画を酷評したのか?
映画『U・ボート』は1973年に出版された小説「Uボート」を原作としている。作者のブーフハイムは戦時中、ドイツ海軍報道部隊の任務としてU96に乗艦。その体験をもとに上下巻600ページに及ぶ小説を書き上げた。ブーフハイムは、映画『U・ボート』を鑑賞しこう評した。
「安っぽくて、底の浅いアメリカのアクション映画のようだ」
苛立ちを隠さない辛辣な評価は、『U・ボート』の制作過程を振り返れば理解できるかもしれない。
『U・ボート』は3,200万ドイツマルク(日本円にして約40億円)という当時としては破格の製作費がつぎ込まれ、2年に及んだ製作期間で膨大な量のシーンが撮影された。そこで得られた素材は149分にまとめられ、1981年、映画として公開された。これがブーフハイムが酷評した劇場版だ。
しかし、劇場版の陰には、膨大な撮影素材が未公開のまま眠っており、そこにこそ、『U・ボート』の本質が隠されていた。
それが日の目を見たのは劇場版公開から3年後の1984年。イギリスのBBC2で、『U・ボート』は全6話、合計約300分のドラマシリーズとして放映されたのだ。※現在、このドラマ版はDVDで視聴できる。
ドラマ版『U・ボート』で特に注目したいのは全6話のうち前半3話だ。劇場公開版では、4話から6話の要素が中心になっており、1話から3話の要素は大きくそぎ落とされている。どんな要素が劇場版では落とされてしまったのか以下で確認してみよう。
第1話においては、Uボート出撃前夜、将校専用クラブでの乱痴気騒ぎが延々と描写される。出撃を前に不安と重圧に押しつぶされそうになる軍人たちが、酒を浴びるように飲み、女たちと戯れる。下品な言葉が飛び交い、歴戦の勇士が吐しゃ物にまみれる。このシークエンスは劇場版では5分程度にまとめられているが、ドラマ版では30分以上かけて語られる。
『U・ボート』(c)Photofest / Getty Images
第2話からは、Uボートが出撃し、北大西洋で獲物となる貨物輸送船団を探す様が描かれる。しかし、敵は簡単には見つからない。大海原の只中で、世界と隔絶された単調な日々が続く。その間、艦内の劣悪な環境は加速していく。陽光望むべくもない艦内には悪臭が充満し、兵たちの精神をむしばんでいく。さらに魚雷を発射することができない状況は、性的不満とも連動し、兵士たちはここに書くのも憚られるような卑猥な話ばかりをするようになる。
そうかと思えば2週間もおさまらない嵐が襲い、心身ともに揺さぶられ続ける。以上のような描写が第2話、第3話を通し100分にわたって続く。ドラマとして非常に息苦しく、見ていてもつらくなるこれらの要素は、81年の劇場版ではほとんど使用されていない。
しかし、この戦場の退屈と欲求不満こそ、原作者のブーフハイムが重視したテーマだったのではないだろうか。