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『ゲッタウェイ』サム・ペキンパーが手がける、壊れかけた夫婦のラブストーリー
マチズモの象徴としてのスティーブ・マックイーン
『ゲッタウェイ』については、もうひとつ興味深い文章がある。『She Found It At The Movies』(Red Press Ltd)に収録された、映画評論家クリスティーナ・ニューランドのエッセイ「青い目の男の子たち(Those Blue-eyed Boys)」。『She Found It At The Movies』は、2020年にイギリスで出版された、女性による映画と性欲をめぐる文章を集めたアンソロジー集で、ニューランドは本書の編集も手がけている。これまで、映画のなかの女が常に男の性的な眼差しに晒されてきた歴史を踏まえ、それなら女が男への欲望を綴ってもいいはずだと表明したのがこの本だ。様々な女性の書き手が、初めて性に目覚めた映画や、俳優たちへの欲望のかたち、また男性俳優/アイドルの性的な役割について綴り、男の視線による映画批評史に異議を申し立てる。
ニューランドがエッセイのなかで『ゲッタウェイ』を取り上げたのは、それが彼女の性欲を強く刺激した映画だからだ。ここには女性嫌悪の匂いがたしかに感じ取れる。それにもかかわらず、彼女はこの映画で主演したスティーブ・マックイーンによって、自分の性的欲望を強く掻き立てられたことを隠さない。
『ゲッタウェイ』©2007 Warner Entertainment Inc. All rights reserved.
そもそもスティーブ・マックイーンという俳優は、マッチョ/クールな男性のアイコン的存在だ。スクリーンの中に限らず、私生活での彼もまた、妻は家で夫のために尽くすべきというあまりにも馬鹿げていて愚かな考えを持つ、いかにも「男らしい男」だった。
マックイーンだけではない。ゲーリー・クーパーも、クリント・イーストウッドも然り。私生活での彼らの言動と女性への態度、そして彼らが発する強烈なマチズモの匂いに顔をしかめながら、それでも彼らに惹かれてしまう自分を否定できない、とニューランドは告白する。それは、『バッド・フェミニスト』(野中モモ訳、亜紀書房)で、ロビン・シックやカニエ・ウェストの歌(特にその歌詞の内容)に嫌悪を抱きながらも、その歌を口ずさみ、体を揺らすことをやめられない、とロクサーヌ・ゲイが告白したのと同じだ。