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『ザ・タウン』「街」がもたらすリアリティを吹き込んだ、ベン・アフレックの監督術

『ザ・タウン』「街」がもたらすリアリティを吹き込んだ、ベン・アフレックの監督術

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『ハリウッドランド』でリアルな自分と向き合ったアフレック



 『ザ・タウン』におけるベン・アフレックの監督術を語るには、まず2000年代に入ってからの彼の苦境から振り返るべきだろう。この頃の彼には、かつてのような輝きは残っていなかった。行く先々にパパラッチが待ち構え、何か発言するたびにマスコミに叩かれ、出演作が公開されるごとに「待ってました!」とばかりに酷評された。『 ジーリ』や『 デアデビル』はまさにその典型と言える。もしも彼がこの頃、何も変わらぬままで映画界に留まり続けたとしたら、その存在は今頃とっくに消え失せていただろう。


 でもそうはならなかった。彼は05年頃を境に、自分自身を大きく変えようと奔走し始める。そのきっかけとしてはジェニファー・ガーナーとの結婚もあっただろうし(15年に離婚)、また二人の間に授かった幼い命の存在もあっただろう。


 同じ05年に彼は『 ハリウッドランド』の撮影に挑む。これはTV版「スーパーマン」の主演を務めたジョージ・リーヴスの死を紐解いていくミステリーだ。リーヴス役を演じたベンは、本作でヴェネツィア国際映画祭男優賞を受賞。かつて『デアデビル』でスーパーヒーローを演じ、その後の俳優としての凋落を経験した彼にとって、この役は適役どころか、まさに生き写しのような役柄だった。もしもあのままいけば、ベン・アフレック自身がこう成り果てていたかもしれない。


 俳優という職業は、多くの場合、自分以外の虚像を演じるもの。しかしこの時期のアフレックは、映画人としてむしろ「自分自身を掘り下げていく」ことの重要性に気がついたのだろう。『ハリウッドランド』はその意味で、「赤裸々なまでの自分のリアルと向き合う」ことで下降人生から立ち直るリハビリテーションのような効果をもたらした作品だったように思える。




 そしてこの時期、彼がもう一つ着手したのが脚本執筆。まさに初心に戻ることを決意したかのように、『 グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』以来となる執筆作業に情熱を注ぎ始めたのだ。こうして生まれたのが、彼の初監督作にもなる『 ゴーン・ベイビー・ゴーン』である。


故郷のリアリティを追究した初監督作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』



 実はベンは、最初から監督を務めようなどとは思っていなかった。まずは自分の故郷であるボストンを舞台にした面白い小説があると知り、デニス・レヘイン著「 愛しき者はすべて去りゆく」を読み始めたという。そして、その複雑な登場人物が織りなす衝撃的な内容に感銘を受けて、「この題材をリアルに描くことができるのは、地元を熟知している自分だけだ」と思うようになった(ここでもやはり「赤裸々なまでのリアル」へのこだわりが見て取れる)。そこで、幼馴染のアーロン・ストッカードに声をかけ、共に脚本執筆を開始したのである。


 当初ベンは、自身が主演することを想定していたようだが、脚本を練り上げ、この題材やテーマへの理解が深まっていくにつれ、作品について誰よりも詳しい自分にこそ監督の資格があるのではないかと考えるようになったという。とはいえ、監督と主演を同時にこなすことは無理だと考え、俳優としての突破口が求められていた弟ケイシーに主演を譲ることになる。


 通常では考えられないような危険なエリアで現地ロケを敢行し、さらには多くの現地人をエキストラとして巻き込みリアリティを増幅させたことで、この映画はベン・アフレックにしか撮ることのできない、嘘偽りのない、唯一無二のものとなった。本作がかつてないほどリアルな息遣いに満ちていたのはそのせいだ。



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