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『マルコヴィッチの穴』アイデンティティとテクノロジーの〈現在〉を予見した怪作

(c)Photofest / Getty Images

『マルコヴィッチの穴』アイデンティティとテクノロジーの〈現在〉を予見した怪作

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アイデンティティと欲望、ねじれにねじれて



 成功したい、有名になりたい、別人になりたい、認められたい、ありのままに生きたい。こうした欲望の数々を一手に引き受けるのがマキシンの存在だ。彼女は物語の前半ではクレイグを誘惑し、倫理を踏み越えさせ、マルコヴィッチとしてのロティと交わっては快楽を享受し、実はマルコヴィッチの中に入っていたのがクレイグだったと知っても、その快楽には抗わない。彼女に触発されてクレイグやロティは本来の道筋を踏み外し、またマルコヴィッチもキャリアを一変させることになる。


 『マルコヴィッチの穴』で欲望と切り離せないものとして描かれるのが、人間のアイデンティティ、そして人間と社会との関係だ。「穴」があるクレイグの職場、7と1/2階は、その名の通り、本来ならば“あるはずのない空間”である。異様に天井が低いオフィスで働いているのは、クレイグやレスター社長など個性豊かな人々ばかり。その様子を見ていると、そこはまるで、他に居場所がない人々の行き場のようにも見えてくるだろう。しかも7と1/2階は、やがてジョン・マルコヴィッチになりたい人々でいっぱいになる。彼らはみな、ほんのひとときだが映画俳優としての、社会で十分に認められた人間としての生活を知るのだ。人形師として成功できないクレイグを含め、人々は自分ではない誰かになることで、自分自身の満たされなさを解消するのである。



『マルコヴィッチの穴』(C)PolyGram Holdings,Inc. All Rights reserved.


 しかし、本作は同時に、アイデンティティと欲望の複雑さをそのままえぐり出す。マルコヴィッチは俳優として活躍しているが、誰もが名前を知るトップスターではなく、彼自身が十分に満たされているとも言いがたい。マルコヴィッチは役者である以上、自分ではない誰かを演じることが仕事だが、言わずもがな、自分の中に誰かが入ってくることや自分が操られることには激しく抵抗するのだ。また、自分ではない誰かになりたい人々がいる一方で、ロティは他者になったことから、それ以前は知らなかった自分自身の一面を知ることになる。さらにクレイグ&ロティが飼うチンパンジーでさえ、自分がチンパンジーであることに違和感を覚え、しかもトラウマを抱えているのだからややこしい。


 ねじれにねじれたアイデンティティと欲望の数々が、本作では「穴」をめぐるドラマの源として作動している。本来ならば主役を張る大スター俳優であるブラッド・ピット、ショーン・ペン、ウィノナ・ライダーらがほんの少しずつカメオ出演者として登場することも、ともすれば、そんなねじれを象徴する仕掛けのようにも思えてくるではないか。




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