なぜワインを愛するのか。伝説と化した名セリフ
『サイドウェイ』と言えば、ヒロイン役のヴァージニア・マドセンが口にするこのセリフに触れぬわけにはいかない。なぜ彼女がワインに惹かれるのか、その思いを真剣なまなざしで、情熱いっぱいに語る場面である。
「ワインは生き物よ。わたしはブドウの成長に沿って1年を考える。太陽は照ったか、雨はどうだったか。ブドウを摘んだ人々のことを考える。古いワインなら、その人たちはもういない。いつもワインの成長を願うわ。今日開けたワインは、別の日に開けたものとは違う味がするはず。どのワインも生きているからよ。日ごとに熟成し、複雑になっていく。ピークを迎える日まで。あなたの61年物のようにね。そしてピークを境に、ワインはゆっくり坂を下り始める。そんな味わいも捨てがたいわ」(*1)
このセリフで主人公マイルスは彼女の虜となっていくし、我々も一気に心を掴まれる。本作のいちばんの見せ場と言ってもいい。そして、肝心のこのセリフは実は原作にはなく、脚本を手掛けたペイン監督自身のワインに対する思いを率直に書き綴った、映画版だけのオリジナルなのだと言う。
『サイドウェイ』(c)Photofest / Getty Images
このセリフが秀逸なのは、それがワインのみならず、世の中のことに広く当てはまるからだろう。人や物事は絶えず変わりゆくもの。マイルスとジャックにしても、2時間の映画の旅を終える頃、彼らの個性はいくらか熟成され、人としての香りや味わいを増している。たとえ体力的、精神的に旬を過ぎたとしても、決して魅力を失うことではない。そこには、そういった時間の経緯を経なければ醸し出すことのできない”特別な味わい”があるはずなのだ。
翻って、私はこの『サイドウェイ』という映画そのものにも思いを馳せた。
初めて鑑賞したのは20代。当時は、いつか自分がマイルスと同じ40代半ばになった頃、彼らと同じくワインのうんちくを垂れるほど熟成しているだろうかと期待したものだった。あれから20年近くの月日が経ち、自分の状態がさほど変わっていないことに愕然としつつ、一方で私はいま「あらゆる映画もまた、ワインと同じなのではないか」と感じてもいる。つまり、そのとき、そのときで味わいは変わっていくのだと。
そう考えると、自宅のDVD棚やレンタル店の陳列棚、はたまた映画配信サイトの作品リストは、さながらワインセラーのようなもの。熟成ワインの宝庫ではないか。
恐らく『サイドウェイ』に至っては、20代で観るのも楽しいが、40代になって観ると、もっと身につまされて芳醇さが増す。どうやら今の自分にとってこの映画は嬉しくもちょうどいい飲み頃を迎えているようだ。
*1:『サイドウェイ』DVDより抜粋。字幕翻訳:古田由紀子
<参考記事URL>
http://www.bbc.co.uk/films/2005/01/14/alexander_payne_sideways_interview.shtml
http://www.movieoutline.com/articles/interview-with-author-rex-pickett-up-down-and-sideways.html
https://www.uncut.co.uk/features/interview-alexander-payne-44298/
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
(c)Photofest / Getty Images